生放送の直後に手術…30代で2度の流産

――2017年に第一子、2020年に第二子を出産されて2児の母になりました。ですが、第一子出産の後に、2度の流産を経験されたそうですね。

池辺 1回目の流産は妊娠9週あたりで、3回目の健診に行ったときでした。先生に「残念ですが、赤ちゃんが動いていません」と言われて、その場で「え……?」と。

 その前の健診では心拍が確認できていたので、あまりに突然のことに呆然としてしまって。どうやって帰ったかも覚えていませんが、今までの人生の中で最も悲しかったことのひとつです。稽留(けいりゅう)流産といって、赤ちゃんがお腹の中に亡くなったまま留まっている状態でした。

ADVERTISEMENT

 お医者さんから説明を受けて、そのまま子宮内の組織が自然に排出するのを待つか、手術して除去するか聞かれて。いつ自然に排出するかわからず、今後も妊娠を望むなら手術をして早めに体を整えることを勧めると言われ、手術を選択しました。

――流産を告げられたのが午前中。その日の午後にはラジオCMの収録があったそうですね。

池辺 その数日後には、ラジオの新番組が早朝5時から8時まであり、放送終了後にそのまま病院に行って手術をしました。基本的に楽観的なタイプなんですが、そのときは流石に耐えられず、1カ月くらい落ち込んでいましたね。

――その後、同じ年の秋に二度目の流産をご経験されました。

池辺 長女を妊娠したときにつわりがひどかったのですが、1回目の流産のとき、途中から「あれ? 気持ち悪くない」と感じていて。2回目に流産したときも、途中で気持ち悪さが消えてしまったので、嫌な予感がしていました。

 結果は想像した通りになってしまって……。一度ならず二度も流産を経験したことは、本当に悲しかったです。当時2歳だった娘に心配されるほど、精神的なダメージが大きかったですね。

©︎山元茂樹/文藝春秋

 長女を産んだのが36歳、息子を産んだのが39歳。一般的には高齢出産と呼ばれる年齢でした。35歳くらいまでに出産した方がいいという知識は漠然とありましたが、正直、あまり自分ごとに捉えていなかったんだと思います。

「ヌーブラヤッホー!」で一番忙しかったのが28〜29歳の頃。「いずれ結婚して子供は欲しいけど、今はそれどころじゃない」と後回しにしていました。

 もし、もっと早い時期に結婚や出産に関する知識を持っていたら、別の人生があったかもしれません。芸人より先に結婚を優先したかもしれないし、違う選択肢を考えたかもしれない。すべて、たらればになってしまうんですけど。