「ガンが撃てるなら死んでもいい」

「いろんな銃を撃ちまくることができて、溜まっていたものを全部吐き出したような気分で、スカッとした。どうせ刑務所に行くんだろうから、代わりにベトナムに行きたい。好きなガンを思いっきり撃つことができるなら死んでもいい」

 問題は裁判だった。片桐は18歳の未成年(当時)。通常なら少年法が適用され家庭裁判所で審理が行われるのだが、犯行の重大さを考えた場合、果たして家裁の判断に委ねるのが正しいのか。

 そこで、いったん送致された横浜家庭裁判所が検討を重ね、刑事処分相当として横浜地検に逆送致することを決定。同地検は強盗殺人罪、殺人未遂、強盗、不法監禁、銃刀法違反などの罪で片桐を起訴する。

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 1965年11月27日、横浜地裁で始まった裁判の罪状認否で、片桐は殺意を否定する。が、これは弁護人の入れ知恵だったようで、1966年10月7日の第14回公判で、最初から警察官を射殺して拳銃を奪う意図があり、また逃走時に車内に監禁して車を運転させた被害者も後で始末するつもりだったと供述を変更。

 さらに「銃への魅力はいまなお尽きない。将来、社会へ出て再びこのように多くの人に迷惑をかけることのないよう、死刑にしてほしい」と訴えた。