「山﨑投手は年下だしライバルなんですけど、彼のことを本当に尊敬してるんです」

「入団して、中畑(清)監督に『お前をエースにしたい』と言われてたのに、僕はそれを裏切って……そこから中継ぎ、抑えと経験させてもらう中で病気になってしまった。このままでは僕はみんなを裏切ったままになるとその思いと気持ちだけでなんとかやってました」

「(手術したのは)ちょうど山﨑(康晃)選手とクローザー争いをしていた時です。僕ね、山﨑投手は年下だしライバルなんですけど、彼のことを本当に尊敬してるんです。もし野球をしてなかったとしても、僕は彼のこと好きになってると思う。人柄が本当に素晴らしいから」

山﨑康晃投手 ©時事通信社

 2022年8月31日、ハマスタのお立ち台で「三嶋さんが早く復帰できるように、僕たちブルペン陣も一丸となってがんばります。みなさん三嶋さんにもエールを送っていただけると助かります」と挨拶した山﨑康晃。

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 その姿を病室で「見ていました」という三嶋。「期待を裏切ってきた」「野球に対して中途半端に取り組んでいた」三嶋が「野球にもっと真剣に取り組もうと思った」そのきっかけとは。

「やっぱり『失敗』からですよ。それがなかったら、もしかしたらこんなに長く——35歳まで投げていなかったかもしれない。やっぱり期待されているということはわかっていて、大きな舞台で先発ピッチャーとして登板したのに、それを踏みにじるように期待に応えられなかった。その責任がすごくて、もうどうしようと、当時はしばらくぼーっとしていました」

 セレモニーのVTRで、中畑清は三嶋について「2014年の開幕投手の時にボコボコにやられたけど、あれがあったから彼は長くできた」と話した。

「学生時代からそうなんですが、ちょっといい時があると、絶対次に何か起こる。そこからまた時間をかけて這い上がる——思えばその繰り返しでした。最初から野球に真摯に向き合える人は本当に強いと思う。僕も昔の自分に思いますもん、『最初からちゃんとやれよ』って」

「でも……もういいやと思ったことは不思議と一度もなかった。2014年の開幕戦も、病気になった時も、構想外になっても、『もういいか』とは全く思わなかった。跳ね返してやろうという気持ちはずっとあったから、今までなんとかできたのかなと思います」

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