南ボヘミアのチームの名前が入ったユニフォームを着た男女に声をかけると…

 3月10日。早朝の短い時間、東京には雪が舞っていた。この日19時からチェコ代表の日本戦だ。ここまでチェコ代表は3戦3敗で、直前のチャイニーズ・タイペイ戦ではコールド負けを喫していた。ひどい負け方だったので、チェコ代表がどんな気分でいるのか少し心配でもあった。

 ドームに着き、前回サトリアの父を見かけたあたりに移動したところ、日本を応援する群衆の中に、HLUBOKÁという文字の入ったユニフォームを着ている男女が通りかかった。南ボヘミアのチームの名前だ。「ドブリーデン」とチェコ語で声をかけると、二人はとても気さくで、明るい雰囲気をまとっていた。しばらく話していると女性が興奮気味に「彼はね、マルティン・ムジークのお兄さんなの」と教えてくれた。二人が着用していたのはチェコ代表主将であるマルティン・ムジークが過去に着用していたものだった。手縫いの背番号や名前の文字、それに着用感。世界で唯一だ。そんなムジークの兄に聞いてみた。

「チェコの野球選手にとっていちばん大事なものってなんでしょう」

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「そりゃ熱狂だろうね、ワクワクすること!」

チェコ戦をベンチから見守る大谷翔平ら侍ジャパンのメンバー ©文藝春秋

 スタジアムを見渡しながら答えるムジークの兄こそがいちばんワクワクしているようだ。日本の野球選手はよく「勝ちにこだわる」と言うが、チェコの野球を応援する人たちは別の何かを知っているように見える。

「サトリアのお父さんならもう球場に入って座ってると思う。僕らの席の近くだから、入場したらぜひ来てよ」

サトリアの父が語る“チェコの野球選手にとっていちばん大事なこと”

 教わった三塁側ベンチ裏内野席のブロックには、サトリアの父と弟がいた。子ども時代のサトリアに野球場へ行こうと誘った張本人である父は、とても若々しく愛嬌があって、非常にやわらかい表情の男性だった。あなたのSNSを見ていますと伝えると、恥ずかしそうに両手で顔を覆って、サトリアの弟に体を寄せながら照れている。父親というより、まるで思春期の男の子のようだ。

 サトリアの父は、一塁側に広がる日本のファンが埋める観客席を示しながらこういった。

「チェコの野球選手にとっていちばん大事なのは、“野球への愛情”だよ。野球に身を捧げること、その姿勢そのもの。私たちと日本人はそこが同じなんだ」