同じことをサトリアも言っていたのを思い出す。才能のある選手がいても、プロリーグのないチェコでは将来のビジョンがないために多くの人が野球を辞めてしまうのだという。それでも今まで野球を続けてきたチェコ代表の彼らに共通してあったのは「野球への愛」に他ならない。

 マウンドにはこの日先発のサトリア。その向こうの一塁側観客席から日本の攻撃を応援する声援が響く。しかし、どうやらこの東京ドームの42340人の声援は、決してチェコ応援団を脅かすものではない。むしろ、チェコではほとんど会うことのない「野球を愛する人たち」との邂逅なのだ。もしかしたら野球讃歌のように聞こえているのではないか。

©文藝春秋

「オペラのよう、オーケストラのようだ」

 前回WBCから1年後の2024年、チェコ語の日本情報サイトYatta.czで、サトリア選手はたしかにそう答えている。サトリアと同じ街出身のインタビュアーによるその記事は、素直で落ちついたことばでこう伝えている。

ADVERTISEMENT

「WBCの東京ドームで、自分の肌で感じたスタジアムの歓声を思い出すと、野球の試合というよりもオペラのよう、オーケストラのようだ」

 芸術豊かなチェコの人らしい表現かもしれない。オストラバはチェコの作曲家レオシュ・ヤナーチェクゆかりの町でもある。

「7000万ドルを稼ぐプロと対戦したこと」がおかしくて奇妙な感じ

 日本の打線を完全に抑え込み、球数制限のためにサトリアはマウンドを降りた。マウンドを去る姿、そして試合のあともう一度グラウンドに登場したサトリアの姿はまるで映画のようだった。こんなシーンは、野球を見ていて何度もあることではない。

 前述のサイトで、サトリアはこうも答えている。

「僕は負けず嫌いで、勝ち目がないとわかっている試合でも負けたくない人間だ。でもその一方で、大谷に投げたあのピッチングを見るといつも笑いがこみ上げてくる。僕のようなオストラバ出身の男が、7000万ドルを稼ぐプロと対戦した。とても大きな幸せな経験だ。でも、それが実現したことが、なんだかおかしくて奇妙な感じがするんだ」

試合終了後、再び東京ドームのグラウンドに立ったサトリア ©文藝春秋

 試合後、三塁側ベンチ前に立つサトリア。まるで時間が止まっているかのような神聖な場所で、もう味わうことはないであろうその空間をその大きな瞳で見つめ、これほど多くの人が自分と同じ気持ちで野球を見ているのを確かめながら、力むでもなく、感情をあらわにするでもなく、黙っておだやかに球場を観察していた。

 Instagramを見れば、サトリアはいまもWBCのニュースやファンの投稿をリポストし続けている。サトリアがリポストするので、私のタイムラインにも英語や中国語でサトリアのニュースが流れ続けている。野球への愛にあふれたサトリアは、いまも変わらず野球のニュースを誰よりも広めつづけている。

次のページ 写真ページはこちら