「お前は薄っぺらい」心が折れそうになったアナウンサースクールでの経験

――その後、神戸女学院大学に進学します。

佐田 アナウンサーをたくさん輩出しているという理由で選びました。有働由美子さんが一番有名なんですが、関西の各局に一人は大学出身のアナウンサーがいるくらいです。実際ゼミに一人はアナウンサーを目指している子がいました。大学2年生の頃からは大阪の厳しいアナウンススクールに通い始めて、心が折れながらも週2回通っていました。

――心が折れる? 発声とかで怒られるんですか。

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佐田 発声や発音がダメというよりも「そんな薄っぺらい人間性じゃアナウンサーにはなれない」「お前は特にこれまでの人生、苦労していないから薄っぺらいんだ」と言われて。確かに大きな苦労もなく、普通の家庭で普通に育っていたので「だから私はダメなんだ」となっていました。だからこそ、色々な挑戦をしなきゃいけないと思い、いろんなオーディションを受けていました。

 

――どんなオーディションを受けたんでしょうか。

佐田 アナウンサーをたくさん輩出している今宮戎神社の福娘は毎年オーディションを受けました。1回だけ最終審査まで残ったことがあったんですが、あとは玉砕という感じでしたね。福娘以外にも観光大使出身のアナウンサーが多かったので、いろいろ見つけて受けていました。その中で第4代の神戸ウエディングクイーンに選ばれました。初代は元フジテレビアナウンサーの永島優美さんです。

関西と東京は「かわいさ」のレベルが違った

――アナウンサー試験はかなりの長期戦ですよね。キー局から試験が始まり、準キー局、地方局と続いていきます。

佐田 しんどかったです。最初に衝撃を受けたのは大学3年生でした。インターンシップでテレビ朝日に行ったんですが、周りは東京の有名大学のミスコン出身の子たちばかりだったんです。東京の子たちは、関西でかわいいと呼ばれている子たちとレベルが違っていて「この世界で戦わないといけないんだ。無理かもしれない」と思ってしまって。キー局は、その時点でちょっと諦めちゃった部分もありました。

 その中で、私が戦えるとしたら関西人という部分しかない。元々、関西のテレビ局の情報番組が好きだったということもあって、準キー局が心の中では第1志望という気持ちで試験に臨んでいたんです。

 なのでキー局に落ちた時は、正直ショックではありましたけど、そこまで引きずらなかったんですが、関西の準キー局に4局全部、しかもどれも1次試験で落ちてしまって。「私の未来が絶たれた」と落ち込みました。

――そこからも試験は続いていきます。

佐田 地方局の採用試験が始まる中で「北海道の局や福岡の局もすごく魅力的だな」と思うようになっていたんですが、そちらもダメで。北海道のテレビ局では3次試験の合宿まで残ったんです。合宿まで行くとその会社を好きになっちゃうじゃないですか? 不合格の通知をスタバで見て、泣きました。あまりにつらくて、アナウンサー受験をやめようかなと思うくらい凹みました。