髙石あかりの俳優としての凄みを感じさせるシーン

 2人の間に特別な感情が生まれていったきっかけの一つにはもちろん「怪談」がある。ヘブンが金縛りに悩まされていた時に、お祓いで訪れた寺の住職から「水あめを買う女」の怪談を聞かされたことが発端だ。そして、もっともっと怪談が聞きたいというヘブンに、トキが「鳥取の布団」という怪談を語って聞かせる。

 このシーンは、『ばけばけ』の中でも、もっとも重要なシーンなのではないだろうか。トキが母からもらった怪談の本を取り出し、それを読んできかせようとするのだが、ヘブンは本を読むのではなく、「ただあなたの話、あなたの考え、あなたの言葉、でなければいけません」と求めるのだった。この言葉にすごくロマンチックなものを感じたのは自分だけだろうか。人々に伝承された怪談をただ聞かせてほしいのではなく、「あなたの言葉で語ってほしい」ということは、すなわち、あなたの思っていることを知りたい、あなたを知りたいという意味でもあるからだ。

怪談を語るトキ 『ばけばけ』公式Instagramより

 普段は怪談オタクという感じで、ちょっと挙動不審で、照れ屋で自分の気持ちをごまかしたようにいつもけらけらと子供のように笑っているおトキが、この瞬間に、目の色も表情も変わり、一本の蝋燭を前にして、すっと怪談の世界に入り込む……。その呼吸にはヘブンでなくとも魅せられてしまう。このシーンは、トキが持つ計り知れない可能性と、同時に髙石あかりの俳優としての凄みを感じさせるシーンになっているのだった。物語の登場人物に憑依していて、その世界に入り込む独特の気持ちよさみたいなものがこちらにも伝わってきて、ずっと聞いていたいような、そんな感覚になるのだ。

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 ちなみに、『ばけばけ』の制作統括の橋爪國臣氏にインタビューしたとき、オーディションでは、この蝋燭を持ってきてトキがヘブンに怪談を語りかけるシーンをヒロインの候補者たちは演じたのだという。そのときのことを橋爪氏は、「他愛のないことをしゃべってるだけなのに、出来上がったドラマさながらの空気がオーディションの段階ですでに出ていた。このシーンは、ヘブンとトキが通じ合った瞬間でもあるんですけれど、距離感の変化を、髙石さんの芝居で一番感じました。それは僕だけでなくて、そのとき見ていた全員が感じたんです」と語っているのだが、納得のエピソードだ(※2)。

 このときのヘブンは日本語をまだそこまでわかっていない。それでも、トキの感覚で語る怪談には、言葉を超えて感じるものがあったのだろう。それがふたりの「恋」につながるのは、至極まっとうなことだと感じる。しかも、この後、トキが怪談を語れば語るほど、ヘブンの日本滞在記が完成に近づき、ヘブンが日本を去ることになってしまう。なんという恋の障壁だろうか!