「好き」と言葉にしない『ばけばけ』の恋愛描写

 ほどなくして、トキの元にかつての夫の銀二郎と、ヘブンの同僚であるイライザが同時に松江にやってくる。銀二郎にはトキと東京でやり直したい気持ちを伝えるのだが、その直後、トキはヘブン、イライザと宿で出くわし、帰り道にヘブンとなにげない、本当になんでもない会話をした後、橋のふもとで別れたときに、急に感情がこみあげてきて涙が溢れ出てきてしまうのだ。

トキとヘブンを遠くから見る銀二郎 『ばけばけ』公式Instagramより

 そのときのいろんな感情を語る表情を何度か見ていたら、やっぱりこちらまで泣けて来てしまった。その姿を旅館から見ている銀二郎は全てを悟ってしまう。これも、トキのことを思っているからこそ気付くのだろう。

 脚本のふじき氏にインタビューした際、彼は「あんまり恋愛めいた告白をしたり、『好き』とセリフで言ったりしないんです。ただふたりが毎日、生活をともにし、会っていたら、心を通わせる一瞬があったというだけで、僕自身には『恋愛を書くぞ』という気持ちはまったくなかったんですよね」と語っているが、実は恋愛も、このような姿勢で書くほうが、伝わるものが多いのかもしれない(※3)。

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夫婦になったトキとヘブン 『ばけばけ』公式Instagramより

 多くの恋愛ものの映像作品は、愛情を2人の間の距離の変化を視覚で見せるものが多い。かつては「壁ドン」のような目に見える型で伝えるものもあった。それは、ある一瞬で、すっかり世界が変わるその点を書いているにすぎないこともある。むしろ、型を使わずに感情の変化をゆっくりと追って、その変化を表情で見せてくれるもののほうが、ドラマを追っているものには、伝わるものが多い。それが簡単ではないからこそ苦労するのだろうが……。

トキが「わたしの言葉」を見つける最終回

 そして、いよいよ最終回を迎えた『ばけばけ』だが、ここにきて急にトキが自分のことを「書く」展開を迎えている。かつて、ヘブンはトキから怪談を語ってもらうときに、「ただあなたの話、あなたの考え、あなたの言葉、でなければいけません」と言ったが、トキが書くことで、ヘブン(八雲)との人生がやっとトキ自身の「わたしの話、わたしの考え、わたしの言葉」で語られることになる。

 彼女が語ることで、ヘブンの愛情に応えていることにもなるし、そして別に意図しているわけではないだろうが、それまで「自分なんてなにもない(トキの場合は『学がない』だが)」と思っていた女性が、自分の言葉で語るということは、フェミニズムでもあるのだ。

参照

※1『GALAC』2026年3月号(KADOKAWA)
※2 https://www.cinra.net/article/202603-hashizumebkbk2_ienkmkt
※3 https://www.cinra.net/article/202602-fujikimitsuhikobkbk_ienkmkt

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