「お前はすでに把握されている」
フロントにチェックアウトを伝えず、荷物をまとめて車に飛び乗った。
「チェックアウトしなくていいのか?」
「そんなものはどうでもいい」
ダニエルの切り返しは鋭かった。アクセルを踏む足にも迷いはなかった。
たどり着いたのはアパツィンガン近くのモーテル。マリファナの匂いが漂うような場所で、ホテルランキングがあったら下から数えた方が早いぐらいの所だ。だが、翌日からの取材を止める気はなかった。安心できる場所で眠ろうという判断だったのだ。
自警団メンバーとの接触の後に麻薬カルテル流の警告が来た。
つまり、自警団の中にカルテルメンバー、あるいは元カルテルメンバーがいるのだ。
カルテル流の脅し方は、静かに、確実に、逃げ道をなくしてくる独特の恐ろしさがある。
直接「殺す」とは言わない。
代わりに、誰が何を食べ、どこに泊まり、どのルートで移動しているかを“さりげなく”伝えてくる。
言葉の端に忍ばせるのは「お前はすでに把握されている」という、無音の支配。
それだけで十分なのだ。
体が真っ先に“降伏”してしまう
怒鳴らない。暴れない。
笑いながら、軽く挨拶するように、一言だけ刺す。
それがカルテル流の恐怖の植え付け方なのだ。
それを悟った瞬間、喉が渇く。呼吸が浅くなる。
自分が「追われる側」に立ったと直感したとき、人は何より先に“汗”でそれを知る。
冷たくも熱くもない、ぬるい汗が背中を這うように流れていく——まるで、体が真っ先に降伏しているかのように。
アドレナリンが出る感覚すら楽しむようになっていた危険中毒の私でさえ、このときばかりは違った。
カルテルの脅しは、“恐怖”というより“敗北”の予感だった。
