藤野 母は結局一度も病院に行っていないので、認知症という診断はないのですが、そうだと思います。症状もかなり進行していたので、自宅で二人の面倒を見るというのは難しかった。

白石 お姉さんが一人暮らしをしたことがある、というのも、映画では描かれていないところです。これにはすごく驚きました。

藤野 この時の一人暮らしがうまくいっていたら、もしかしたら違う形になっていたんじゃないかと思っています。あれは1983年なので、最初に姉が救急車で病院に運ばれたすこし後くらい。症状が出たり、出なかったりというのがあった時期だと思います。

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白石 当時は撮影しておられなかったんですよね。

藤野 そもそもビデオカメラを持っていませんでした。母が持っているものはあったんですが、僕は使えなかった。ぎりぎり録音機まででした。学生でしたから。

無差別殺傷犯の文章に親近感を覚えた

藤野知明さん ©三宅史郎/文藝春秋

白石 藤野さんは、書くのはあまり得意じゃない、とこの本で明かされていましたね。

藤野 得意じゃないどころじゃないですね。メールを返せなくて、人をさんざん怒らせてきました(笑)。国語の問題で小説が出ると、主人公は誰かということすらわからないんです。出てくる登場人物の名前を数えて、一番出てくる人が主人公だろうとあたりを付けていました。

 インベカヲリ★さんの『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』を読んだとき、掲載されている犯人の文章に親近感を覚えました。無期懲役になりたくて、新幹線の中で無差別殺傷事件を起こした人ですね。僕が高校生くらいの頃に書いていた文章はそんな感じでした。文語調で、感情がつかみづらい。

 それから、僕は文字を見ると色が見えるんです。漢字はあまりないんですが、アルファベットや数字には色が見えます。文字というよりは図形みたいに見えて、余計な情報を受け取ってしまいます。

白石 共感覚をお持ちなんですね。精神科医の中井久夫さんもそうでしたね。翻訳は、色を合わせているだけだっておっしゃっていました(笑)。ある種の特殊能力ですよね。でも多くの人はそれで疲れて、文字を見たくなくなる。

 本でも、雨の日にボートが水面を蹴って進んでいく風景が印象的だったとか、お姉さんが1時間くらい札幌駅のホームで立ち止まっていたのをいまだに覚えているとか、すごく視覚優位な方なんだなと思いました。

藤野 今回の書籍化のお話が来たときは、正直、どうしようかなと思いました。文字は意味の連なりですが、映像は多義的だと思います。主語と述語がなくても、映像は連なってしまう。僕は文章だと「てにをは」に悩んで、永遠に直し続けてしまいます。映像にもルールはあるんですが、はるかにやりやすい。きっと映画が先でなかったら、言葉にはできなかったと思います。