統合失調症の家族が抱える絶望感がよく出ている

白石正明さん ©三宅史郎/文藝春秋

白石 文字に抵抗感がある藤野さんが、大学時代に児童文学サークルに入っていたというのが、本を読んでいて不思議に思ったことの一つでした。しかもそれが楽しかったんですよね。

藤野 宮﨑駿さんに憧れて入ったんです。ジブリになる前から宮﨑さんのファンで、「天空の城ラピュタ」が公開された86年は、ちょうど大学に入ったころでした。宮﨑さんは、本当は漫画研究会に入りたかったけれど、学習院大学にはなかったから、一番近い児童文学サークルに入っていたそうなんです。

 大学生になってから児童文学に触れることは、僕には必要だった気がします。大学1年生のころは、極端なことを言えば「赤ちゃんからやり直す」くらいの感覚を持っていました。自分の元々の性質や、両親から受けてきたものなど、いろいろなものに疑いを持ち始めた時期だったので、児童文学に触れることで、ここまでは間違いない、と一つひとつ確認していたところがありました。

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白石 それは、ぜひ本に書いてほしかったですね(笑)。

 藤野さんはご両親がお二人とも理系なんですよね。理系では結論と方法が大事で、そこに至るプロセスはほとんど捨象されると思うんです。でも、子供が成長していく過程においては、プロセスこそが大事ですよね。

藤野 発症後、両親は姉に対して一方通行でした。まさに結果を優先して、最短距離で指示をしていた。だから姉は答えたり、会話したりする必要がありませんでした。これは良くないんじゃないかなと思って、姉と雑談でいいから会話をしたいという感覚がありました。

『どうすればよかったか?』 ©2024動画工房ぞうしま

白石 映像の中でも、お姉さんが話してくれるように盛んに促していますよね。

藤野 僕は会話の糸口として姉が興味ある話題を探しながら、姉と会話をしていました。話題は何でもよくて、相手を認識しながらするキャッチボールみたいなものが、姉に良い効果があるんじゃないかなあという気がしたんです。

白石 コミュニケーションには「伝達モデル」と「生成モデル」がある、とよく言われます。知っている情報を相手に伝える「伝達モデル」がコミュニケーションだと一般的には思われているけれど、むしろ双方がその場に何かを投げかけた結果、事後的に情報が作り上げられるような「生成モデル」こそがコミュニケーションじゃないか、ということが言われています。雑談ってまさにそうですよね。ご家族の間では生成型のコミュニケーションがあまりなかったのかなという気がしました。

 お姉さんと話をしたかったというテーマは盛んに出てきます。藤野さんが作ったという短編アニメーション映画も、何を言っているのかわからない言葉がラジオから流れてきて、「あの人といま話ができたら…」と終わるんですよね。わからないことを言う人がいて、自分はどうしたらいいのか、という問いが藤野さんの中にずっとあるのだと思いました。統合失調症を抱えた人の家族の大変さって、コミュニケーションがとれないことで、その絶望感にやられちゃうんですよね。それが良く出ていると思いました。