直木賞受賞後、元夫の書斎の壁をぶち抜いた
離婚の翌年、直木賞受賞で執筆や取材依頼が殺到、佐藤さんは借金を返していく。『血脈』には、こんな描写がある。〈愛子は隣り合っていた誠二(編集部註・田畑氏のこと)の書斎と応接間の境の壁をぶち抜いて、テレビや雑誌の写真撮影に好都合なように応接間を広くしたばかりだった〉
響子 撮影って、大げさな(笑)。壁は取ったけど、作り付けの本棚は残っていました。純文学の作家ということもあり、書斎は書庫みたいでした。父の実家が大金持ちでしたから、本棚も机も立派で。
桃子 この家とは違う雰囲気だったの?
響子 マントルピースもあって、庭も芝生の西洋風でしたよ。父はバラを育てるのが好きで、ピンクの大輪のバラを剪定したりしていました。その光景が幸せの象徴みたいで私は大好きだったけど、母は「安物のバラだよ、あんなもん」とか言ってましたね。
桃子 おじいちゃん、田畑さんは、私の誕生日に手紙とハリー・ポッターシリーズを贈ってくれていたんです。でも、完結する前に亡くなってしまって。私、おじいちゃんが死んだ後に出たハリーポッターは読んでない。
響子 父がいなくなったのは私が小2の頃。母は私に父を悪く言うことはしなかった。亭主としてはダメだったけど、文学を論理的に説明してくれる男で、いろんなことを学ばせてくれたというのがあるんです。私と父の関係は尊重してくれて、その点では母に感謝だし、さすがだと思います。
桃子 芝生はいつなくなったの?
響子 手入れが大変でお金もかかるから、借金を返している時に全部はがして、バラも抜いて、母好みの木が多い庭にした。
桃子 伝統的というか、古き良き日本みたいなものが好きな人なので。
響子 3本の梅は紅緑が好きだったもので、シナさんが上馬から持ってきた。母もすごく大切にしていました。
桃子 祖母は庭をすごく自慢にしていました。保険とか銀行の方は庭に面したダイニングにお通しするのだけど、座っていただく位置については「お客さんには庭を見せるもんだよ」と言われました。

