「一人でもいいや」とはならない人
響子 最近つくづく思うのは、母は紅緑になりたかったんじゃないかってことなんです。2階の母の書斎は8畳の和室で、そこで書いていました。紅緑が使っていた文鎮を書き物机に置いて、あぐらをかいて。椅子の方が絶対に楽じゃないですか。でも書き物机だった。紅緑を見習ったんだと思います。
桃子 北海道の別荘でも畳の部屋で書いていたよね、私が子供の頃は。
佐藤さんが北海道・浦河に別荘を建てたのは75年。響子さんが89年に結婚し、佐藤さんは一人暮らしに。91年、桃子さんが誕生。家を二世帯住宅にしたのが94年だ。
響子 風呂場で転んだけど誰もいなかったから裸で一時間転がってたって言うんですよ。だから人がいないと困る、二世帯住宅にしたいって、それで建て直したんです。裸で1時間、転がってたっていうのは私は噓だと思うんですけどね。1時間も転がっていられませんよ、普通。
桃子 甘えてるんですよ、結局のところ。
響子 そばに置きたかったんでしょうね、誰かを。寂しんぼうなところがありますから。
桃子 「一人でもいいや」とはならない人です。
響子 去年の11月、母の102歳の誕生日に施設がお祝いの会を開いてくださったので、私たちも行ったんですよね。母は会場まで歩行器を使って歩いてくる途中、「苦しい」とか言って廊下の真ん中で立ち往生して。「どうしたの?」って近づくとこっちをじっと見て、私だとわかると泣き顔になるんです。
桃子 くしゃくしゃの顔で立ってたね。
響子 嫌なことはしないできた人生ですからね。「さあ歩きましょう」と言われたって嫌なもんは嫌なんです。それで駄々っ子になるんだと思う。
桃子 施設の方がおっしゃるには、嫌というよりかまってほしいんじゃないか、と。
響子 紅緑もぼけてから甘ったれてたって母が言ってましたからね。
桃子 佐藤家の人というのは、誰かがいないと自分が自分じゃなくなるくらい寂しがりなんだろうと思うんです。だけどおばあちゃん、まだ取り繕う力とか残ってるよね。この前の誕生会でもお花をいただいたら「まあ、きれい」って。
響子 プレゼントの箸置きを見た瞬間に、「これは手作り?」って言ってたね。
桃子 社会性はけっこうギリギリまで残るものなんですね。勉強になりました。
響子 だけど、「前に座ってるじいさん」って言いかけたでしょ(笑)
桃子 お祝いに参加してくださった施設の仲間なのに。
響子 「何だ、あのじいさんは」とか言いそうでハラハラして、必死に気をそらしました。まあ、それだけ元気なんでしょうね。

