かつての駅ビルはどうなった?
現在の上飯田駅地下ホームから地上への階段を登ると、南北に通る大通りに出る。通り沿いには飲食店などが建ち並び、南側を見ればイオンの看板も見える。その周囲には大きなマンションもあるようだから、この一帯は住宅地なのだろう。
そんな中、大通り沿いでひときわ目立っているのが「名鉄上飯田ビル」という看板を掲げたいささか年季の入ったビルである。
1階と2階にはスーパーマーケットが入り、上層部は公団住宅になっているようだ。目の前の大通りはクルマ通りも人通りも多いし、このビルのスーパーもそこそこ賑わっている。
ここで答えを明かせば、名鉄上飯田ビルこそが地上時代の小牧線上飯田駅の駅ビルなのだ。
1965年に上飯田ビルが完成し、それに伴って地上にあったホームがビルの2階に引っ越した。改札を抜けるとスーパーマーケット、その上には公団住宅。1960年代というご時世を思えば、かなり最先端、便利な便利な駅ビルだったに違いない。
その当時、駅前からは路面電車が走っていた。周囲の市街化が本格化したばかりの頃。いくつかの工場の他には田園地帯が広がっていた上飯田一帯が都市化する過程で生まれた、いわばシンボルのような駅ビルだったのではなかろうか。
が、いまではそんなシンボルターミナルとしての面影はほとんど消え失せている。要だった鉄道が地下に潜ってしまったのだからムリもない。かつて改札やホームがあったであろう2階に上がってみると、スーパーの入口が明るいだけで、あとはすっかりがらんどう。まるで廃墟のような空気感が漂っていた。
ビルを出発点に痕跡をたどる
ビルの外に回ってみると、北側の2階部分、つまりちょうど線路とホームが頭を突っ込んでいたあたりが、フタのようなもので覆われている。真下に立ってビルとは反対の北側を見れば、そこには駐車場や駐輪場。地上時代にはここにホームがあり、高架の駅ビルになってからもホームの大部分はこの上に。
そしてそのまま駐車場は、かすかに右にカーブをしながら細長く北に続いていた。いかにも廃線跡ですよ、と訴えているように。
ただ、道行く人は誰もそんなことを意識していないようだ。まあそりゃあ、地元の人にとっては廃線跡がどうのこうのなど日々の暮らしにはまったく意味を持たない。



