川の対岸にハッキリと廃線跡が…

 それはともかく、廃線跡の駐車場は少し先ですぐに矢田川の土手にぶつかる。水道局のポンプ場の脇にこんもりとした草むす高まりがあった。きっと、高架からそのまま土手へ、そして矢田川の橋を渡る助走区間に違いない。

 

 矢田川を渡る橋梁は、せめて橋脚くらいはと期待したものの、それすらもまったく残っていなかった。地上から地下に潜った区間は2kmちょっと。もしかすると、痕跡は上飯田駅近くの駐車場くらいしか残っていないのだろうか。

 そう思って矢田川を歩いて渡ると、対岸にはまたもやハッキリと廃線跡を見つけることができた。特に県道202号線と交差する地点では、石積みの橋台が丸ごとそのまま残っていた。そこから先も、高く盛り上がった築堤が北に続いている。レールやまくら木などは残っていないが、どこに地上時代の小牧線が走っていたのかは、誰が見てもすぐわかる。

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 ちょうど築堤の脇は緑道になっていて、廃線跡に沿うように歩くことができる。さらに並行して小さな川も流れていた。庄内川から取水して、最後は堀川を経て海に注ぐ庄内用水だ。どことなくのどかな雰囲気の中を、かつて小牧線は走っていたのだ。

 

11年間だけ存在した「瀬古駅」の跡

 緑道を少し歩いて抜けたところで、いったん廃線跡の築堤は途切れる。古紙リサイクル会社になっていて、そのフェンスには「瀬古駅跡」の看板が掲げられていた。1931年から1942年まで、つまりほんの11年間だけこの場所に駅があったという。

 

 そこから先も廃線に沿って北に進むと、次は庄内川だ。こちらも矢田川と同じように、橋梁の痕跡は消滅している。それでも、また同じように川の向こうに渡れば廃線跡は明瞭だ。

 

 川沿いの土手道をきっと踏切で渡り、まっすぐ北へと続く草むす築堤。少しずつ下り勾配で下ってゆき、保育園を間に挟んで駐車場。そして、駐車場が途切れたところで地下を走っている現役の小牧線が顔を出す。

 もうここまで来れば、すぐそこに味鋺駅のホームが見えている。