立ち消えになった大曽根方面への延伸計画
名鉄小牧線は、1931年に上飯田~小牧間で開業したのがはじまりだ。この時点でも、上飯田駅は他路線との接続がない単独のターミナルだった。なんでも、中央線の乗り入れる大曽根方面への延伸計画があったという。
この延伸構想は日の目を見なかったが、1944年には上飯田まで路面電車が乗り入れた。小牧線沿線から上飯田経由で路面電車に乗り継いで、名古屋の中心部まで行けるようになったのだ。
戦後、上飯田周辺、また小牧線沿線にまで市街化が及ぶ中でもこの形はしばらく続き、1965年には件の駅ビルも完成する。いよいよ、ターミナルシティ・上飯田の誕生か……。
ところが、1971年。小牧線の接続相手だった路面電車が廃止されてしまう。入れ替わるように地下鉄名城線が開通して平安通駅が開業したが、上飯田からは歩くこと10分、1kmの距離だ。
地下鉄として生まれ変わることに
1kmくらいは歩けばいいじゃん、ということなのかもしれないが、雨の日も雪の日も歩かされるのではたまったものではない。なのに、そんな状態がいつしか常態化。廃止された路面電車の車両基地跡地にバスターミナルができたものの、それとていささか不便なのに変わりはない。
戦前、都市化がはじまった頃ならばまだしも、時は高度経済成長期。爆発的に人口が増えて、郊外にベッドタウンが形成される中でのこの扱いは不憫も不憫。結局、小牧線は“単独ターミナル・上飯田”のおかげでお客を減らしていくことになったのだ。
だいたいの人はマイカーか、バスで名鉄犬山線ないしは国鉄中央線の駅に向かい、そこから名古屋中心部へ通勤するようになったのである。
そうして時が流れて30年あまり。いつまでもこの不便さを放っておくわけにはいかないと、ようやく上飯田と平安通を結ぶ地下鉄路線の計画がはじまった。
合わせて上飯田~味鋺間を地下化して、直通運転を実施。そうすれば、小牧線は単独ターミナルから地下鉄名城線に接続する路線に生まれ変わる。利便性は天と地と。それが実現したのが、2003年のことである。


