双子の兄弟と姉妹同士で結婚し、50年以上も夫婦二組で同じ屋根の下で暮らしながら、仕事もしている、兄の深見忠義さん(83)と姉の深見美智子さん(77)、弟の深見孝晴さん(83)と妹の深見喜久子さん(77)の二組の夫婦。

 それぞれ2人の子どもに恵まれ、今では孫たちも集う賑やかな大家族を築き上げた4人に、「違いがわからない」と教師を混乱させた美智子さんと喜久子さんの少女時代、“兄は姉と弟は妹と”という夫婦の組み合わせになった背景などについて、話を聞いた。

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戦争中、双子の兄弟はもてはやされた

――忠義さん、孝晴さんは昭和17年(1942年)の戦中に誕生、喜久子さん、美智子さんは昭和23年(1948年)の戦後生まれ。戦中と戦後という時代、兄弟と姉妹という性別によって、双子でも周囲からの捉えられ方が違ったのではないですか。

忠義 戦中はもてはやされました。

孝晴 僕らが生まれた時は戦争の真っ最中でしょう。それで男の子が2人生まれたわけですから。

忠義 役所から「兵隊さんが2人できたみたいだ」と表彰されたそうです。お祝いもいただけたと。

 生まれたその日のうちに、町内中に双子が生まれたことが広まったそうです。お産婆さんが帰りながら、町のみんなに話して回っていったみたいで。

左から¥弟の深見孝晴さん(83)、兄の深見忠義さん(83)

――子供の頃、双子で得したようなことは。

忠義 僕らは男だから、ケンカした連中を2人で押さえに行くことはできましたね。

喜久子 悪ガキだったのね(笑)。

忠義 また8人兄弟なものですから、妹たちは誰かにいじめられると「お兄ちゃんたちに言うよ」って言ってたらしいです。おかげで誰も手を出さなかったみたいで。

似すぎていたので先生たちは「区別できないやんか!」と

――美智子さん、喜久子さんは、地元で目立っていましたか。

美智子 私たちは小学校の時にすぐ下の学年に、女の子の双子さんがいたのでそんなに。

喜久子 中学校になると、私たちの学年だけで双子が4組もいたんです。私たちの学年は7クラスもあって。戦後のベビーブームの時代に生まれているから、生徒数がすごく多くて。だから双子が生まれる確率も高くなってるから、各学年に双子がいました。

 男の子の双子も女の子の双子さんもいたけど、私たち以外はあまり似ていなくて。私たちは似すぎていたものだから、入学してすぐに職員室で「どうやって区別するものか」と問題になったそうです。

 しかもクラスが一緒だから本気で区別ができないと。入学して1カ月も経たないうちに2人で職員室に呼ばれて。「何も悪いことしてないよね」って言いながら行ったら、先生たちが頭の上から足の先まで、「どこか違うところはないか」ってグルグル見て探し回るんです。結局「区別できんやないか!」って。