――美智子、喜久子って名前が書いたタスキをかけるわけにはいかないですもんね。

喜久子 そうしたら、ボールを投げる時に私は右利きなんですけど、みっちゃんは左利きになることが判明して。

 それで区別はできるんですけど、体育で球技をやる時はわかるけど、教室で授業となると分かりませんから。まあ、先生たちにとっては悩みの種だったみたいです。

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美智子 それで、社会科の先生から「いい点数を取ったほうを僕は覚える」と言われたんです。それで、期末テストで2人とも98点を取ったら、「もうどうしたらいいんだ」って先生が困ってましたね(笑)。

――成績も運動神経も、同じくらいでしたか。

孝晴 似ていたんだろうね。

忠義 そうですね。何をやっても、どんぐりの背比べという感じでした。マラソンもやっていましたけど、タイムもほぼ同じでした。

喜久子 私たちもほぼほぼ一緒でしたね。

左から姉の深見美智子さん(77)、妹の深見喜久子さん(77)、弟の深見孝晴さん(83)、兄の深見忠義さん(83)

「一緒に嫁に行けるからいいじゃないか」と親が乗り気で…

――それぞれの両親は、結婚についてはどんな考えを。

美智子 昔は、姉のほうを早く結婚させて、次に妹をお嫁に行かせないと、という考えがありました。1人残ってしまうと、なかなか結婚できなくなるからって。だから、私は会社に入った年からお見合いが始まって。まだ結婚なんてしたくないのに、「あなたが行かないと喜久ちゃんが残っちゃう」と母親に言われて、30回くらいお見合いしました。

――30回も。

美智子 私のほうで別のお話が進んでいる時に、主人たちのお話をいただいて。そうしたら、親のほうがすごく乗り気で。「この話が成立したら、2人一緒に嫁に行けるからいいじゃないか」と。

 それで電車に乗って名古屋へ出てきてお見合いすることになって。2人が名古屋駅で迎えに来て待っていてくれてたんですけど、もう見ただけですぐに「この2人だ」って分かりました。

喜久子 「すごく痩せている人たちだな」と思いました。お見合いには、仲人さんと私たちの母親も一緒で。その日に、この家にも案内されました。

 お見合いから結婚まで、たった2カ月だったんですよ。

――かなり早いですね。