15歳で夜の世界へ足を踏み入れ、身一つで2人の子どもを育てながら、祇園の街で働きつづけた「ゆり姫」さん。やがて自身のクラブを立ち上げ20代でオーナーママとなるも、若き経営者を待っていたのは非情なトラブルの数々だった。
孤独な闘いを続ける彼女の心を支えたのは、ふとしたきっかけで出会った「カスタムカー」の存在。後編では、クラブ経営の光と影、現在の夫との出会い、そして新たに見据える「これからの夢」について聞く。
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「こんなママにはならんとこ」自身で店を開く決意
――お仕事についても聞かせてください。17歳での出産から、高校を出るまでは休職されていたとのことですが、復帰後はずっと祇園で働いていたのですか?
ゆり姫さん(以下、ゆり姫) ええ、お店はいくつか移っていますが、ずっと祇園ですね。
――オーナーママになったのはいつ頃だったのでしょう。
ゆり姫 2019年で、当時はまだ20代でした。それまでは、別のお店でチーママを何年かやっていて。ただ、そのときのオーナーママが休みがちで、実質的に私がお店を回しているような状態だったんです。
――小学校入学前後のお子さん2人を育てながら、実質的なトップとしてお店を回す。相当な激務ですよね。
ゆり姫 売り上げもずっと上げて、異業種交流会にも朝から晩まで色々なところに行かされて。なのに時給は据え置きで、納得できない気持ちがありました。それで、「数百円でもいいから上げてくれたら、私ももっと頑張れる」と、ママにかけ合ったんです。
――それだけお店に貢献していれば、当然の要求だと思います。
ゆり姫 でも、ママは「いや、それやったらもうアンタが店辞めて」って。いやいや、ありえへんやろと。それでもう、我慢の限界ですよね。「こんな人に付いていけへんし、こんなママにはならんとこ」と心に決めました。
――それで実際に、自分のお店を立ち上げようと。
ゆり姫 そうですね。もともと自分のお店を持ちたかったわけではないですが、この出来事があって「女の子を大事にできるお店を作ろう」と思うようになったんです。

