ド派手な改造車たちが所狭しと並ぶ、ドレスアップカーのコンテスト。そのなかに、何年にもわたってトロフィーを獲得しつづける日産・プレジデントがある。
会場でも圧巻の存在感を放つその車のオーナーは、妖艶なオーラをまとった凜々しい女性。昨年まで京都の花街でクラブを経営していた「ゆり姫」さんだ。
15歳で夜の世界へ飛び込み、17歳で母となり、シングルマザーとして2人の子どもを育てながら、祇園でオーナーママにまで登り詰めたという彼女。その知られざる半生は、激動と波乱に満ちたものだった……。
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知り合ったギャルたちと一緒にクラブハウスでイベントを起こす高校時代
――京都の祇園でクラブを経営されてきたゆり姫さんですが、ご出身も京都なのですか?
ゆり姫さん(以下、ゆり姫) はい、生まれも育ちも京都市内ですよ。
――京都市内というと、地域によるランク付け、いわゆる京都カーストがつい思い浮かびます。
ゆり姫 やっぱり小さい頃から、親や周りの大人たちが「あそこは行ったらアカン」みたいに話すのを聞いていますからね。ただ、実家は比較的悪くない立地だったこともあり、私自身がそれで嫌な思いをすることはなかったですよ。
――京都でも恵まれた環境で育ったのですね。ご両親はどのような方だったのでしょう?
ゆり姫 父は現場仕事で、母はセールス関係をしている人でした。私は母が19歳の時の子どもですが、全然、普通の家庭だったと思いますよ。特別厳しくもないし、色々旅行に連れて行ってもらった記憶もあります。
ただ共働きでしたから、毎日遅くまで保育園に預けられ、それが寂しかった覚えもありますね。
――幼い頃はどんなお子さんでしたか?
ゆり姫 昔から活発なタイプでしたね。ちゃんとしたダンスや舞踊じゃないですけど、小さい頃から音楽に合わせて身体を動かすのが好きで。そのせいか、高校に入ってからパラパラにハマるようになりました。
――パラパラ、懐かしいですね! 学校で流行っていたとか?
ゆり姫 いえ、外部のサークルですね。高校にはあまり馴染めなくて、入学して割と早い段階から、外で遊びまわるようになって。パラパラのサークルに入り、知り合ったギャルたちと一緒にクラブハウスでイベントを起こしたりもしていました。

