ゆり姫 パラパラで出会った当時の彼氏ですね。でもちょうど、お互いに「結婚しようね」と話している頃だったので、産むこと自体に迷いはなかったんですよ。妊娠して、すぐに籍も入れて。

――本人たちの覚悟は決まっていたと。しかし、ご両親は?

ゆり姫 そりゃもう、猛反対ですよ。それこそ勘当される勢いで。でも、当時の自分は結婚して授かった子を産むことしか考えられなかったですね。

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――やはり娘の将来を考えれば、反対もしますよね。

ゆり姫 実際に生まれてからは可愛がってくれて、たくさん協力もしてくれました。でも、お金の面では一切お世話にならなかったですね。

――妊娠されて、高校の方はどうなったのですか?

ゆり姫 大会には出たかったので、顧問に「子どもできたけど、出るからね」と伝えたのですが……。「絶対ダメ」と譲ってくれず、そのまま休学することになりました。

 

――休学ということは、お子さんを産んでから復学された?

ゆり姫 そうなんです。17歳と若かったからなのか、身体はピンピンしていましたし。部活もすぐ再開して、今度は念願だった全国大会にも行けたんですよ。

――出産してすぐ、全国に……。それはちょっと、とんでもないエネルギーですね。

ゆり姫 やっぱり、自分のなかで全国に行けなかったのがどうしても心残りだったので。卓球にかぎらず、一度決めた目標は達成しないと気が済まないんですよね。

「何かあったときのために、高校までは出ておこう」

――すでにクラブのお仕事もあるなかで、高校を辞める選択肢はなかったのですか?

ゆり姫 卓球のこともあるし、妊娠して考えが変わったのもありますね。何かあったときのために、高校までは出ておこうと。

――高校に通いながらの子育てで、苦労することもあったかと思います。

ゆり姫 そうですね……。ただ、高校を出るまでは仕事をお休みして、登校中は両親に娘を見てもらっていたので。それよりも、娘を幼稚園に入れてからの方が精神的にはキツかったですね。

――保育園ではなく、幼稚園に。

ゆり姫 私自身が寂しい思いをしたのもありますし、幼稚園はしっかり学校教育をしてもらえる。自分が高卒になったので、子どもには最初から教育の機会を与えて、しっかり大学まで出てほしかったんですよね。

――かなり早い段階から、お子さんの将来を見据えていたと。幼稚園に入って、辛かった経験というのは?

ゆり姫 実は20歳の頃に下の子を産むあたりから、当時の夫が家に帰って来なくなり、生活費も入れなくなって。そのまま離婚して、シングルになったんです。