カラヴァッジョの顔
カラヴァッジョの顔の特徴である、大きく弧を描く長い黒い眉と利かんきの強そうな大きな目は、30代半ばになっても変わっていなかったことが、2002年まで使用されていたイタリアの10万リラ札を見るとわかる。
紙幣に登場したこの顔は、自画像以外に描かれた同時代人による唯一の肖像画を元にしている。カラヴァッジョと交流のあった肖像画家オッタヴィオ・レオーニによるスケッチがそれだ。カラヴァッジョの死後、記憶をたどって描いたもので、左目の下の傷痕、いかにも洗髪していなそうな乱れ髪、逆にきちんと整えてある鼻髭と顎鬚、そしてやはり濃い眉毛のカーブが目を引く。
人を殺めてローマから逃亡するのは1606年、34歳なので、その前の喧嘩沙汰に明け暮れていたころの、レオーニの記憶に残るカラヴァッジョの顔がこれだった。この顔から画家という職業を当てるのは難しいだろう(その意味ではピカソもそうだが)。
1600年頃に制作した『聖マタイの殉教』にも、カラヴァッジョは自画像を残している。画面中央の若い半裸の刺客の左後ろで、ふりかえりつつ去ってゆく髭の男だ。確かにレオーニの肖像画とよく似ている。
『聖マタイの殉教』
初めてのこの大作に挑むにあたり、カラヴァッジョはそれぞれの役柄にふさわしいモデルを見つけてきて、服装からポーズ、光の当て方に至るまで綿密に計算して配置した。まるで舞台の群像劇、それも幕が下りる直前の、俳優たちがいっせいに動きを止めて静止した瞬間のような、強烈な印象を与える。
聖人殉教の言い伝えによれば――
十二使徒の一人マタイはイエス亡き後、布教の旅に出た。各地をまわり、エチオピアに辿りつき、説教のさなかに国王を批判した。それに怒ったエチオピア王は刺客を送り、マタイは同じようにミサの際に刺し殺された、と。
カラヴァッジョがこの伝承から構築したイメージは実に生々しい。ミサを手伝う侍童や多くの参加者、また洗礼を受けようとしていた人々が陥った恐怖とパニックで、教会内は騒然としている。
祭壇前では若い刺客が老マタイを恫喝し、倒れた彼の手首を荒々しく掴んで、今しも長剣で刺し殺さんとする。同時に天使が雲に乗って現れ、マタイに棕櫚の葉(殉教をあらわすシンボル)を手渡そうとする。
本来の主役は聖マタイであるはずだが、誰が見ても画面を支配しているのは、刺客の完璧な肉体美であろう。若さと悪の魅力に燦然と輝いている。
「こんな幻に打たれて死にたい」
これに関しては、現代フランスの作家で美術評論家のドミニック・フェルナンデス作『天使の手のなかで』(1985年刊)を読んで、目から鱗が落ちるような衝撃を覚えたことがある。この本は、フェルナンデスがピエル・パオロ・パゾリーニに仮託した自伝の態を取っている。
パゾリーニは『アポロンの地獄』などで知られるイタリアの著名な映画監督で、1970年代に町角で買った相手に殺害された(まだ未解決)。そしてフェルナンデス自身も同性愛者であることを公言している。それを踏まえた上で、作中の「ぼく」が『聖マタイの殉教』について感じた一文を読んでほしい。
「光はすべて若者の身体に注がれ、色彩も輝かんばかり。ぼくもやはりマタイと同じく目を据えてその若者を見つめた。使徒が、この死刑執行人の若さと壮麗なまでの美しさに、まるで魅入られたように呆然と(後略)」
「こんな幻に打たれて死にたいと願わないためにはまさに超人的な力が要る」(岩崎力訳)
この視点は異性愛者の想像の及ばぬところだ。刺客が完璧なスタイルだと感心はしても、殺されるマタイの側に立ち、それどころかマタイとなりきって、「壮麗なまでの美」「こんな幻に打たれて死にたい」と思うほど強烈な性的恍惚を感じ得るなどということは。
しかしいったんこうした視点があることを知れば、画中でカラヴァッジョがわざわざ振りかえっているのも意味がありそうだ。彼自身、「壮麗なまでの美」から目を離したがらず、「こんな幻に打たれて死にたい」と願っていたのかもしれない。同性愛者ではないかと言われてきたカラヴァッジョではあるのだし。

