テヴェレ川で自殺した娼婦の死体を描く

 三人目は、フィリデと同じシエナ出身で、年齢も一歳しか違わないアンナ・ビアンキーニ。「赤毛のちびアンナ」と蔑称されていた。

 フィリデとは同郷のよしみで仲が良かったというが、彼女が高級娼婦として派手に暮らし始めると交流は絶えた。見栄えのよくないアンナの相手は最初から最後まで下級兵士や日雇い労働者や犯罪者など最底辺の男たちばかりだった。切り裂きジャックめいた者に当たる可能性が高く、乱暴に扱われることも多く、下手すると金も払ってもらえない。常に危険と隣り合わせで暮していたから、彼女が常時ナイフを携帯していたのもうなずける。

 しかも警察までがアンナを敵視した。同性愛者との疑いをかけられて(言動が少年っぽかったのかもしれない)、危うく異端審問にかけられそうになったこともある。法を守らなかったとして公開鞭打ち刑になったという話もある。さらにそのシーンをカラヴァッジョが見ていたとの説まであるが真偽は不明だ。

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 カラヴァッジョがアンナをモデルに描いた『悔悛するマグダラのマリア』や『エジプト逃避途上の休息』の聖母の姿など、どれも実際のアンナより美しく静謐で、罪の重さ、いや、人生の辛さにうつむく姿ばかりだ。それはアンナの生きにくさを、カラヴァッジョが我がことのようによく理解していたからだろう。粗暴な娼婦の魂の清らかさを、彼はせめても画布に残そうとしたのかもしれない。

 1604年頃に描かれた『聖母の死』のモデルは、テヴェレ川で自殺した娼婦の死体であり、それはアンナだと言われている。聖母の髪の毛がいくぶん赤く見えること、この年にアンナが25歳で死んだこと(死因不明)からの推測だが、そうであっても不思議はない。

『聖母の死』

カラヴァッジョ『聖母の死』

 そして聖母がアンナであれば、そのかたわらで首をうなだれたマグダラのマリアもまたアンナではないのか。辛い人生の終わりを、まだ生きているアンナが反芻している……。

 聖母の死は通常「被昇天」の形で描かれる。これほどまでなまなましい「人間の死」としての描写、しかも画面のどこにも被昇天への仄めかしすらない描写は、迫真的であるだけになおさら人々には受け入れがたかったのだろう。

 本作はスキャンダルとなり、注文主から突き返され、宙に浮く。そこへルーベンスが登場したのだ。天才は天才を見抜く。ルーベンスはこの傑作の深奥に触れたのだろう。パトロンのマントヴァ公に熱烈に購買を勧めたことは前に述べたとおりだ。

『聖母の死』は公爵家のコレクションに加わったが、公の死後、無類の美術愛好家チャールズ一世に売却された。このイギリス国王が清教徒革命で斬首されると、クロムウェルは王の美術品を競売にかけ、フランスの実業家の手にわたる。そこから今度はルイ十四世に売却されて、フランス革命後に国有財産となった。現在ルーヴル美術館所蔵なのは、そうした次第である。

※本記事内で掲載している絵画の画像は書籍に掲載されているものとは異なります。実際の絵画はぜひ書籍でお楽しみください。

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