なぜ教会に戻らないのか

「カクレの人たちはなぜ教会に戻らないのか」という問いに対する答えは、きわめて単純なことである。彼らは隠れてもいなければキリシタンでもないからである。クリスチャンでもない人に、「なぜ教会に戻らないのですか」と問いかけるのはいかにも陳腐なことである。

 彼らは潜伏時代以来こんにちまで、ごくあたりまえの仏教徒として、また神道の氏子として、その務めを果たしてきた。それに加えて、個人の家に、あるいは仲間内に代々伝わるカクレキリシタンの神もあわせて大切に守ってきたのである。もちろん、仏教や神道はキリシタンであることを隠すためのカムフラージュなどではなく、それら三つの要素が完全に一つとなり、三位一体のようなかたちをとって、これまで続いてきたのである。

 カクレキリシタンの信仰形態は、今の時代にはあまりにも煩雑すぎ、手間がかかり、継続していくには大きな犠牲を払わざるをえなかった。地縁、血縁関係が希薄化し、個人主義的な生活が中心となるにつれて、カクレの組織をこれまで通り維持し続けていくことはきわめて困難となっている。とくにここ10年あまり、組織解散はブームのように急速に進行し、長崎県下のほとんどの組織はすでに解散してしまったか、実質的に解散状態に追い込まれてしまっている。

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 現代日本社会において、カクレキリシタンはその使命をはたし終え、日本人の最もポピュラーな宗教形態である神仏信仰、そしてその紐帯となっている祖先崇拝へと帰っていくのが自然な流れといえよう。むしろ21世紀の現在まで続いてきたことが奇跡といってもよい。

先祖が大切にしてきたものを…

 なぜこれほど長く続くことができたのか。その理由のひとつには、「先祖が大切にしてきたものを、絶やすことなく守り続けるのが子孫としての大切な務めであり、自分の代で絶やしてはならない」という強い信念がさまざまな困難を乗り越える原動力であったことがあげられる。先祖の中には殉教者もおり、その殉教した先祖が信仰の対象となり、身近な自分たちの神様として彼らの心の中で生き続けてきたのである。

生月島壱部種子(しゅうじ)ツモト川崎家。四祭壇が並ぶ。左からお大師棚、仏壇、カクレ祭壇、神棚(2017年1月、著者撮影)

 代表的な例として、長崎県の北部、平戸島と生月島の中間に浮かぶ中江ノ島で殉教したサンジュワン様がある。1622年(元和8)と1624年(寛永元)に殉教した三名のジュワンという洗礼名を持つ先祖にちなんで、「お中江様」「御三体サンジュワン様」「お向いサンジュワン様」などと親しみをこめて呼ばれている。この聖地中江ノ島から採られる水は「サンジュワン様の御水」と呼ばれ、聖水として大切に扱われている。その御水はケガレを清める霊力を有すると信じられ、洗礼や葬式や祓いの行事の時などに用いられてきた(詳しくは拙著『潜伏キリシタン』第八章参照)。