きょう3月28日は、世界的なアーティスト、レディー・ガガの40歳の誕生日だ。ガガは2008年に全米デビューし、日本でも翌年、1stアルバム『ザ・フェイム』が発売されたころから楽曲とともに彼女の奇抜なファッションや言動が話題になり始めた。

2025年グラミー賞のレッドカーペットに登場した際のレディー・ガガ ©EPA=時事

当時25歳、東日本大震災の復興支援に尽力

 だが、一般的に知られるようになったのは何といっても、15年前の2011年6月、その3ヵ月前に発生した東日本大震災の復興支援イベントのため来日したときだろう。このとき、原発事故の影響から多くの海外アーティストが来日を取りやめるなか、彼女は「日本の安全性を証明する。この美しい日本に、たくさんの人に旅行に来てほしいわ」とコメントして、親日家というイメージが一挙についた。

 ガガは震災発生直後より世界中に支援を呼びかけており、リストバンドを作成して売り上げた収益と個人の募金をあわせて300万ドル(当時のレートで約2億4000万円)を寄付している。記者会見でのまぶたに目を描いたメイクが話題を呼んだのもこのときだ。いま振り返ると、当時彼女が25歳という若さだったことに改めて驚かされる。

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2011年6月、成田空港に降り立ったレディー・ガガ。腕には東日本大震災復興支援のためのチャリティリストバンドが ©AFP=時事

過密スケジュールを乗り越えたグラミー賞でのパフォーマンス

 その後も、たびたび来日してはライブを開催している。今年(2026年)1月には、昨年リリースした5年ぶりのアルバム『メイヘム』を携えての「The MAYHEM Ball」ツアーで来日し、大阪と東京でドーム公演を行った。

 東京ドームで1月30日まで4日間の公演を行い、帰国するやロサンゼルスで2月1日(現地時間)に開催されたグラミー賞授賞式に出席するという過密スケジュールだった。ロスに着いたときには、テレビの生中継まで36時間を切っており、ダンサーやバンドなどと十分にリハーサルはできなかった。授賞式のエグゼクティブ・プロデューサーは数週間前には彼女を番組から外さねばならないかもしれないと一瞬考え、本人も一時は出演を白紙に戻しかけたらしい(「Rolling Stone Japan」ウェブサイト2026年2月4日配信)。

2026年グラミー賞でのパフォーマンス(レディー・ガガのYouTubeチャンネルより)

 だが、いざふたを開けてみれば、当日のステージでは、『メイヘム』の共同プロデューサーのアンドリュー・ワット、ドラマーのジョシュ・フリーズらによるバンドを従え、ガガ自身は2台のキーボードを弾きながら「アブラカダブラ」を歌い、杖などを使ったパフォーマンスを繰り広げた。赤い鳥の羽のついたケージのようなもので顔をすっぽり覆った奇抜な舞台衣装もあいまって、しっかり印象を残すことに成功する。リハーサルの時間が十分にとれていたら、大勢のダンサーを従えた大がかりな演出になっていたかもしれないところを、制約があったためにミニマルなスタイルを選んだことでかえって意表を突いたのがガガらしいともいえる。