きょう3月28日は、レディー・ガガの40歳の誕生日だ。その奇抜なファッションや聴衆を圧倒するパフォーマンスで、デビュー時より世界中で注目を集めてきた。日本では、2011年の東日本大震災発生時、復興支援のため300万ドル(当時のレートで2億4000万円)を寄附したことも知られている。一方で、世界的ポップスターとして確固たる地位を築くまでには、数々の苦悩があった。(全2回の2回目/初めから読む

2026年グラミー賞授賞式でのレディー・ガガ ©AFP=時事

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 2008年8月にリリースされたレディー・ガガのデビューアルバム『ザ・フェイム』は世界中で2300万枚以上を売り上げる大ヒットとなった。当時のアメリカの音楽シーンはR&Bとヒップホップに支配され、ダンスミュージックは時代遅れと見なされがちだった。それをガガは、地道にライブとプロモーションを続け、やがてニューヨークで影響力を持つラジオ局のZ100がアルバムの1曲目「ジャスト・ダンス」をかけると、一気に人気が爆発する。ガガはたちまちマドンナ以来のポップスターと目された。

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「セックスアピールのある写真を使うように」圧力をかけたレコード会社に抵抗

 ただ、デビューアルバムのジャケットをめぐっては、レコード会社側と一悶着あったという。彼女はのちにこう語っている。

《私がアルバムのジャケットで使った写真は、サングラスをかけていて、普通の意味でセクシーとはいえない。レコード会社はセックスアピールのある写真を使うように圧力をかけてきたけど、何ヵ月もかけてねばり強く抵抗したの。(中略)どこにでもいるような“セクシーな新人歌手”として売り出されるのは真っ平だった。アーティストには、自分をどんな風に見せるか選択する権利があると思う。すべての女性は、性的な抑圧や思い込みから解放されて、自分がなりたい存在になる自由を与えられるべきよ》(『エル・ジャポン』2010年5月号)

レディー・ガガのデビューアルバム『ザ・フェイム』(2008年)

 強い主張がある一方で、奇抜なファッションはメッセージよりもまず楽しんでもらうことが先行している。ドイツのテレビ番組で着た、カエルのキャラクター「カーミット」の人形をたくさんつけたジャケットは、《毛皮は着ないという主張としてウケると思っ》て、彼女が応援しているデザイナーにつくってもらったという(『ニューズウィーク日本版』2009年9月23日号)。