名門校でのいじめ、大学は1年で中退

 レディー・ガガはニューヨーク生まれのイタリア系アメリカ人で、本名はステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタという。マンハッタンの高級住宅地で育ち、ヒルトン姉妹も通うカトリック系の名門女子校から飛び級でニューヨーク大学芸術学部に進んだ。

 13歳から作詞・作曲を始め、14歳のときにはナイトクラブで歌うようになったが、さすがに両親が心配してついてきていたという。一方で、自分の個性を貫こうとする彼女は女子校では疎まれ、いじめられもしたらしい。大学も、「既製の音楽を習うより、自分で新たな音楽を創造したい」との思いから1年でやめてしまう。家も出て、バイトで生活費を稼ぎながらライブ活動を続けた。のちのイメージからすると意外なことに、このころの彼女は、ピアノの弾き語りで聴かせるシンガーソングライターを目指していたという。

高校時代のレディー・ガガ ©AFLO

 

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「レディー・ガガ」誕生の瞬間

 デビューするまでには紆余曲折があった。直接のきっかけは2006年にさかのぼる。当時の関係者たちに取材してまとめられた『レディー・ガガのすべて』(モーリーン・キャラハン著、中村有以訳、ソフトバンク クリエイティブ、2010年)によれば、この年、まだ本名で活動していたガガのライブを、ミュージシャンのウェンディ・スターランドが観て、曲はまだ磨きようがあるとは思ったものの、そのパフォーマンスに「何かがある」と感じ、知り合いの音楽プロデューサーのロブ・フサリにさっそく電話して伝えたという(スターランドはフサリのもとでスカウトの仕事を担っていた)。

 以来、フサリとスターランドは彼女をどう売り出すべきか、本人も交えて何度も話し合いを重ねた。クイーンの名曲「レディオ・ガガ」をもじって「レディー・ガガ」と命名されたのもその過程においてだった。

 スターランドが初めて観たライブでのガガの格好は、まるでジャザサイズでも始めそうな感じだったという(映画『フラッシュダンス』でダンサー志望のヒロインがレオタード姿でレッスンしていたが、ああいうイメージだろうか)。ルックスもとびきりかわいいわけではなく、ピアノで弾き語りというスタイルでデビューするのは無理だと判断された。