ヒョウ柄パンツ、網タイツ…奇抜なファッションに身を包むように

 同じころ、ガガは通っていたバーで毎週末にパフォーマンスを行っていたバーレスク・ダンサーのレディー・スターライトに感化され、自身もバーやクラブで独創的なパフォーマンスを披露するようになる。なお、バーレスクとはアメリカでは寸劇を交えたストリップショーを指す。後年、ガガは《クラブで下着姿でパフォーマンスして男性に一晩中見られているのは爽快だった。スターライトに『あんたはパフォーマンスしてるときは別人ね。ただのソングライターじゃない、パフォーマンスアーティストよ』と言われて、初めて自分がアーティストだと感じたの》と当時を振り返っている(『エル・ジャポン』2012年3月号)。

 プロデューサーのフサリや父親はいい顔をしなかったが、彼女はこうした経験からステージングについてさまざまなことを学んだようだ。出で立ちもしだいに変わっていき、「ピッタリとしたヒョウ柄のパンツに、30センチもありそうな真っ赤なパンプス」や「網タイツに、背中が大きく開いたチェーンベルトつきのレオタード」など、デビュー後の衣装ほどではないものの、街を歩いていると人々が振り返るぐらい奇抜なファッションに身を包むようになっていた。

2010年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで着用した「生肉ドレス」でもよく知られる(『レディー・ガガのすべて』モーリーン・キャラハン著、中村有以訳、ソフトバンク クリエイティブ、2010年)

 契約してくれるレコード会社を探しながら、ガガはとにかく多くのライブを行った。ニューヨークのありとあらゆるクラブでライブをしたが、《あらゆるクラブで失敗して、その失敗のすべてを葬り去って。私は、やるべきことをやっただけ。とにかく行って、演奏して、経験を積んだのよ、一生懸命》と彼女は語る(前掲、『レディー・ガガのすべて』)。

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ステージで映えよりも、YouTubeで見やすいように

 一方で、インターネット上で公開した楽曲はじわじわと売れ行きを伸ばしていた。CDデビュー以前からネットで注目を集めたのは、デジタルネイティブ世代ならではだ。ガガは父親がIT企業に勤めていたこともあってか、ネットには早くから親しんでいたらしい。

 コンサートを配信でいかに見せるかについても早くから意識的だった。これはデビュー後の話だが、ライブのたびに照明デザイナーとよく口論になったという。それも、《多くのファンがステージを見に来られなくて、ネットで見るんだから》、照明もステージで映えること以上にYouTubeで見やすいようにするほうが重要だと考えていたからだ(『ニューズウィーク日本版』2009年9月23日号)。