「どの選手が好き?」チェコの野球少年の意外な答え
3月10日、日本戦。ドームの近くに一際目立つチェコ人のグループがいた。40代ぐらいの男女とまだティーンエイジャーと思われる少年たちで、20人ほどいただろうか。彼らは、日本のファンと肩を組み、チェコ国旗を広げて一緒に写真を撮っていた。国旗に書かれていた町の名前は「シュンペルク」。チェコ北東部にある人口2万5000人ほどの町だ。
どんな集まりなのだろうか。180cmはゆうにある長身の少年に尋ねてみた。
「私はチェコを応援しています。あなたはどの選手が好きですか」
どの選手の名前が出てくるのかと期待していたが、少年からは「ショーヘイ・オオタニ」という返事がきて意表をつかれた。思わず彼に年齢を聞くと、13歳だという。チェコでは野球人気はまだまだ低く、少年たちにはアイスホッケーやサッカーが圧倒的な存在だ。彼はアダムという名前で、チェコ語を話す日本人(筆者)に興味を示していた。彼自身は英語を勉強しているところだそうだ。5年後、10年後に彼が外国でプレイしている可能性は十分にある。
このシュンペルクの一団は、「カンニバルズ」という1990年創設の野球チームだった。彼らのインスタグラムや公式サイトはユニフォームを着た少年たちの写真で溢れている。東京ドームでの写真には「NAGANOの歴史につづけ・東京」と書いてある。
チェコが迎えた新たな時代における“スポーツ”とは
チェコ人とスポーツを語る時に「NAGANO」は欠かせない。1998年長野五輪のアイスホッケーで、チェコは宿敵ロシアを倒して金メダルを獲得するという伝説的な偉業を成し遂げた。プラハの春を意味する「68」を背番号につけてプレイしたヤロミール・ヤーグルも有名だ。
全チェコ国民にとって、夢のような金メダルがもたらされた後、2004年にEU加盟を果たしたチェコにはまったく新しい時代が到来した。そして、NAGANOの熱狂を再びとばかりに、ビジネスで成功したチェコ人は、まず子どもたちのためのスポーツ環境の整備に投資した。スポーツで成功したチェコ人も、自らの名前を冠したスクールを開くようになる。