母娘で向き合ってきた9年もの浪人生活
さらに、その後の捜査で髙崎母娘の生活ぶりが徐々に分かってきた。
あかりは妙子のひとり娘で、父親とは20年ほど前、あかりが小学生のころに別居し、以来母娘の2人暮らしが続いていた。
あかりは小学校時代から成績優秀で、母親の妙子は娘のあかりを医師にしたいと考え、それも国公立の大学医学部に入学させたいという強い希望を持っていた。あかりも期待に応えようと勉強を続け、医学部受験を目指していた。
あかりは2005年に県内のキリスト教系進学校を卒業し、母の希望通り医学部を目指して受験を繰り返したが果たせず、2014年に医科大学の看護学科に進学した。その間、なんと9年もの浪人生活を送っていたことも明らかになった。
なにより、20年にわたって守山市内の一軒家で娘と一対一で向き合っていた母が、突然娘をおいて離れて暮らすことなどありうるだろうか。
あかりの話は、矛盾に満ちたものと捜査員には感じられた。1月以降、妙子の足取りが消えていることも捜査員の疑念を深めた。
守山署は遺体の内臓や血管に大量に残存していた血液を採取し、滋賀県警察本部科学捜査研究所の鑑定によって、DNA鑑定を実施した。
5月17日、娘・あかりの口腔内から採取した細胞と、父の唾液との比較から、あかりと遺体の女性の親子関係が成り立つとされ、河川敷で発見されたのは髙崎あかりの母、髙崎妙子・58歳の遺体であると判明した。母が死んでいたにもかかわらず、なぜあかりは当初の聞き込みに対して、「母は別の場所に暮らしています」と噓をついたのか。あかりが母を殺し、遺体をバラバラにして捨てたことが強く疑われた。
6月5日、守山署は死体遺棄容疑で髙崎あかりの逮捕に踏みきる。6月21日には死体損壊容疑で追送検し、26日に死体遺棄罪、死体損壊罪で起訴した。
あかりはその間に誕生日を迎え、32歳となった。
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