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娘を強く呪縛していた母の存在
あかりが母を殺そうと思ったのは、9年におよぶ医学部浪人を強制されたからではなかった。その「地獄の時間」を脱し、ようやく自分の足で歩こうとしたとき、またも母の暴言や拘束によって「地獄の再来」となることを心(しん)から恐れたのだ。
20代のときには耐えられた、受け流すことができた「地獄」も、9年の浪人を経て大学という外の世界を見、30歳を超えたいまとなっては、二度と戻りたくない場所だ。
あかりはこの陳述書を、
いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している。
という言葉で締めくくっている。あかり自身には、犯行への迷いはなかった。あえて言えば、後悔もなかった。私か、母のどちらかが死ぬ。それ以外に選択肢はなかったのだ。
母の存在は、娘を強く呪縛していた。
あかりは、母の死から時間をおいてから遺体を解体した理由を問われ、「母がまた生き返って、私を責めるんじゃないかと思って」と答えている。
その点について検察官から再度尋問されると、学生時代に医学科の学生が行っていた解剖実習のあとの「ご献体」を見るときと似たような感覚だった、とも話している。医学生の解剖実習では、提供された遺体=ご献体に対してまず黙禱を捧げ、解剖を行う。あかりは看護学生として、医学生が解剖したあとのご献体を目にする機会があった。母の遺体を解体するとき、ご献体の解剖を思い出していたというのである。