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死亡者118人
22時55分ごろから消防隊のはしご車が稼働し始め53人の命を救出。他にも、階段やエレベーターを使用するなどして自力で地上まで降りた者が8人。7階窓からデパートビル東側の商店街アーケード屋根に飛び降り助かった者が2人いて、7階からの生還者は合わせて63人。残り118人は火と煙の犠牲になった(他に81人が負傷)。
翌朝5時43分、鎮火。火災の延焼範囲は2階から4階までで、床面積合計8千763平方メートルが焼失した。そして、鎮火後に行われた警察と消防の現場検証により、火災の原因が、当日夜に3階で電気工事を行っていた作業員らの監督男性によるタバコの不始末であると推定されたことから、大阪府警南署はこの男性を現住建造物重過失失火などの容疑で逮捕する。
しかし、当該男性による失火の明確な証拠はなく、火災発生時の被疑者の行動が特定できないことや、警察での取り調べに対して供述を二転三転させるなど信用性が疑われたため、最終的に監督男性は不起訴処分となった(後の裁判で出火原因は不明とされた)。
その後、火災被害者遺族や罹災テナントが火災関係各社を相手取って損害賠償請求を提起する。訴訟件数は20以上にもなるが、1973年2月に提起された遺族会統一訴訟は2年10ヶ月後の1975年12月に和解に至り、日本ドリーム観光など火災関係各社が91遺族に対して補償総額18億5千万を支払うことで解決。
裁判で明らかになったのは主に以下の点だ。
