子どもや孫が受け継いだとして、手に入れた本人ほどの情熱と思い入れが、あるはずもない。狭い家だと置き場所は取られるし、扱いに困ります。それに、そういった物はだいたい贋物だったりしますよ。

 仮に、本物の重要文化財クラスのお宝だったとしたら、受け継いだ方は重い資産税が課せられて困ります。まともな常識をお持ちの人だったら、「そんなに貴重な掛け軸なら社会にお返ししなくちゃ」と、美術館など専門機関を通して、国へ返還されるでしょう。

 結局、物を永代所有することは、できません。

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 最終的には誰かの手に渡って行方不明になるか、国が持って行っちゃいます。

 俺はすごいお宝を持っている! というのは、小さな主観的事実に過ぎません。

 お宝を棺桶に入れて、旅立つことはできない。

 本当の意味で人間が一定期間預かっていられるのは、自分の命だけなんですよ。それもやがてはお返しするわけですが。

だから私は賃貸派

 長々と語ってしまいました。結論、家を持つのは幻想だということ。

 身もふたもないと困惑されるでしょうけれど、揺るがしがたい真実であります。

 もし「家を持つ」という錯覚、所有の幻想に、多少なりの価値を感じるというなら、頑張って家を購入する努力をするのがいいでしょう。

 皮肉ではなく、そのように選択して生きる幸せも肯定されるべきだと考えています。

家の購入派か、賃貸派か?

 誰しも、ある程度の年齢にさしかかると、一度はその論争に直面しますが、どっちでもいい。

 好きな方で、お金を工面するのが正解! それが結論であります。

 ちなみに私は断然、賃貸派です。住まいは賃貸に限ります。

 何がどうなるかわからない現代社会において、毎月の厳密な支払いが確定している数十年もの負債ローンを、自ら請け負うのですか? 金利の心配もストレスです。固定資産税もストレスです。そんなのはイヤです。

 しかも本質的に、自分の所有物にはならない! というのは、論じたとおりです。持てない物に何千万円も何億も払うのって、何が幸せでしょうか。

 人生のリスクヘッジという意味においても、家は賃貸で貫き通すのが、賢明だろうと思います。