2025年、それほどクマの被害が深刻ではなかった東北以外の地方では、農家の庭先にカキなどがたわわに実っていて放置されていたりした。そうした果実もクマを誘引するわけだが、やはりドングリなどの山の実りが豊かな場合、いくらカキがたくさん実っていてもクマは簡単には人里へ現れたりはしない。もちろん経験による記憶力が優れているので、かつてカキの実を農家の庭先で食べたことがあれば、カキを食べに行ってみようと行動に出る可能性はある。とは言っても、人里のカキの果実は確かに目立つが、その量はたかが知れている。一方、ドングリを実らせる木は前述の通り森の優占種である。それらが一斉にドングリを実らせれば、クマは移動せずに、ドングリを食べ続けることができるので、極めて効率の良い食べ物である。クマには栄養素に関する知識はないだろうから、冬眠のための脂肪を蓄えるために、どの食べ物がいいか選ぶような行動はしないと想像できるが、あちこち移動せず、安全な場所で効率的にたくさん食べることのできる食べ物をより好むのは確かだ。

 ただ、生ゴミや残飯など、高カロリーの食べ物があることを憶えてしまうと厄介だ。味も栄養価も自然界にはない食べ物だ。しかも、カキと違って食べてしまっても、いつの間にか人によって補充される。その経験は、人間に例えると行動依存を強めるという意味で依存性薬物に近い性質を持つようになり、執着するようになっても不思議ではない。つまり、庭先に植えているカキとうっかり放置してしまった生ゴミや残飯などは違う性質のものであり、人間が注意すれば誘引しないという意味でやはり生ゴミや残飯などの管理は徹底すべきなのである。

クマ同士はコミュニケーションが取れている?

 クマ同士はコミュニケーションが取れるのだろうか。クマは基本的に山の中で一頭一頭、離れて別々に生活している。子育てと繁殖のとき以外で他の個体と一緒にいることはない。

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 だから、山の中で出会った他のクマから、あそこに行ったら美味しいものがあったよ、という情報を教えてもらうようなことはないと考えられている。基本的なコミュニケーションは、生後1年半の間、子が母親から教わる際に取られる程度だろう。

 ただし、全く個体間のコミュニケーションがないかというとそんなことはなく、例えば「背こすり」という行動がある(Ogawa et al.2020)(図5)。

図5.同じ木に集まり、木に身体を擦り、匂いを嗅ぐクマたち。クマの背こすり行動の様子。同じ木に複数のクマが訪問し、それぞれが木に身体を擦り、その木の匂いを嗅ぐクマたち(撮影:東京農工大学森林生物保全学研究室)

 これはクマが樹木にしがみつき、身体をこすって樹木の表面に自分の匂いをこすりつけ、その木の匂いを嗅ぐ行動だ。

 山を歩くと、クマが背こすりをした際に、樹皮に体毛が引っかかった痕跡のある樹木を見かけることがある。クマが背こすりでどのようなコミュニケーションを取っているのか、まだよくわからないが、繁殖期にそうした木を訪れる頻度が高まることから、おそらく森の中にこんなオスがいるとか、こんなメスがいるとか、繁殖に関わる情報を匂いを通じて個体間でコミュニケーションを取っているのだろう。俺はこんなにデカいんだぞと背こすりで体格を誇示し、若く体格が小さいクマをオス同士で威嚇し合うといった、自分の存在を主張するような行動が、背こすりと考えられる。