オスによる子殺しから母親が子を守れるかどうかは、クマの世界ではとても重要だ。それは母親の年齢や経験によって違ってくる。どうしても経験の浅い若い母親は、オスによる子殺し以前に子をうまく育てられないことが多い上、オスから守れずに子が殺されてしまうことも多いようだ。オスが近付いてくるのを感知するのが遅れたり、向かってきたオスと闘争できないなど、若さゆえに子殺しをされてしまうことが多いと思われる。そして、こうしたことを経験していく中で嗅覚を研ぎ澄ましていき、オスの匂いを早く察知できたり、オスがきにくいような場所で冬眠するなど、次第に子を残せるようになっていくのだろう。一方、オスを感知する能力が低かったりするような母親は、いつまでたってもオスに見つかってしまい、子を殺されることを繰り返していると思われる。

「集落周辺で育ったクマ」が増える危険性

 前述したように、オスは子殺しによってメスを発情させて交尾を促す動物である。この行動により、オスから受ける一つの圧として、子連れの母親が人里へ追い出されてしまうようなケースも十分に考えられる。海外のある地域で観察された子育て中の親子グマは、オスが子殺しをする繁殖期の間、あえて人間が住んでいる場所の近くにいることが多かったという。一般的にオスのほうが人間への警戒心が強いので、人間のいる場所には近付いてこないことが多い。母親は、こうしたオスの警戒心の強さを利用して、人間の近くで子育てをするのである。この事例では、秋になると母親は子を連れて奥山に戻っていったという。

 こうした事例はまだ日本では実証されていないが、バッファーがなくなり、クマと人間の境界が接近している状況とは別に、ひょっとしたら警戒心の下がったクマが出現した背景には、クマの分布がじわじわと広がり、子連れの母親が子育てするためにオスがきにくい集落近くへ、より選択的に進出してきたことがあるかもしれない。

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写真はイメージ ©AFLO

 つまり、森の中のクマの分布は一様ではなく、年を取ったオスのクマは山の奥のほうにいて、子育て中のクマや若い個体が集落の周りにいるという構造ができ上がっている可能性もある。そうした構造ができているとすると、それは非常に怖いことだ。なぜなら、集落周辺に常に子育て中のクマがいるということになり、そうした母親に育てられ、教えられたクマが世代を超えて増えていくことになるからだ。

 集落周辺で育ったクマ、特にメスは、自ら学んだことを子供に伝える。さらに、本来は淘汰圧となるオスの子殺しが少ないことで、人への警戒心が下がったクマがコンスタントに誕生、成長し、世代を超えてものすごい速さで警戒心が下がり続け、年々警戒心のより低下したクマが増えてくる可能性がある。

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