クマの背こすりで最近わかってきたのは、主に針葉樹で行うということだ。特に、針葉樹の中でもヤニが多く出ているような木が大好きであり、あえてヤニを出すためだけに樹皮を剝ぐこともある。ヒノキ風呂の匂いに象徴されるように、針葉樹からはいい匂いがする。山の中で単独で暮らすクマにとっては、ヤニの匂いがランドマークとして機能し、その匂いを頼りにこすり木を訪れることで、他のクマの情報を得ているのかもしれない。単独性のクマにとっては、森の中での他の個体との遭遇の機会が少ないため、掲示板のように送り手がその場にいない状態であっても情報伝達が可能な、嗅覚によるコミュニケーション手段に依存していると考えられている背こすりと似た行動に、樹皮剝ぎ、通称「クマ剝ぎ」がある。背こすりとクマ剝ぎとは全く異なる行動だ。クマ剝ぎとは、クマが主に針葉樹の樹皮を剝ぎ取り、樹皮と木部との間にある形成層(養分を蓄えた部分)を食べる行動である。クマ剝ぎにあった樹木は枯れてしまったりするので、1960年代から1970年代に林業の被害対策としてクマが盛んに駆除された理由にもなった。せっかく植林した針葉樹の樹皮をクマが剝いで、樹木の形成層を食べる行動が問題視されたのである。つまり、背こすりは繁殖などのコミュニケーション行動、クマ剝ぎは食べる行動となっていて、全く別のものだ。
メスの子育てとオスによる子殺し
クマの社会で、一番弱いのはやはり子グマである。特に繁殖期、夏前の子グマにとってオスの成獣が一番の天敵となる。なぜ、オスの成獣が子グマを殺すのだろうか。授乳中のメスは発情しない。そのため、オスはメスを発情させるため、子育て中のメスが連れている子を殺し、授乳する必要がない状況を作り出すことでメスの発情をうながす。動きがまだ遅い幼い子グマほど、オスによる子殺しの犠牲になりやすい。生後、最初の半年を生き延びることができるかどうかが、その後のクマの一生を左右すると言っていい。海外のヒグマの場合、0歳の子グマの死因の約8割がオスによる子殺しである。それくらいクマの生存率にオスの影響は大きい。
オスの子殺しを回避し、最初の半年ほどをなんとか生き延びることができれば、どのクマもそれなりに成熟すると思われるが、その後の自然死亡率はよくわからない。私は25年以上クマの研究をしているが、クマの自然死を見たことがなく、子殺しを生き延びた後のクマの状況はよくわからない。昔から山を歩いてきた猟師などは、冬眠中に死ぬクマが多いから死体を見かけないのだという話をしてくれるのだが、一方でおそらく有害駆除率が非常に高いことも影響していると思われる。つまり、老衰や自然死しないうちに駆除されてしまうクマが多いのだろう。