また、第5戦では1点リードの9回に守護神中﨑が同点打を許し延長サヨナラ負けする痛恨の展開となったが、この試合でもフランスアを温存せず続投させることもできる中、8回頭から中﨑を投入する決断が議論を呼んだ。短期決戦での柔軟性と奇策においては工藤に及ばなかった。
このようにポストシーズンでの課題は残したものの、緒方の16~18年はリーグを知り尽くし、シーズンを勝ち抜く戦術・マネジメントにおいて卓越した手腕を発揮した3年間だったといえる。
黄金期の残響と終着点
広島の黄金期はここでついに終わる。19年は丸の巨人への移籍と新井の引退、救援陣の再編という構造変化に直面し、シーズン成績は4位。好不調の波が大きく、噛み合わせの悪さを最後まで解消できなかった。
田中の極度の不振を受けて小園海斗をショートに抜擢するなど若い選手に経験を与える判断もしたが、守備面の未熟さやチーム全体の停滞もあり、短期的な打開には至らなかった。また、長年の守護神・中﨑の不調を受けてフランスアへ抑えをスライド。勝ちパターンの顔触れを日々の状態で組み替える小刻みな継投に傾いたが、「方程式の再確立」までには届かず、僅差での取りこぼしが増えた。丸不在で長打の脅威が分散し、相手の鈴木誠也包囲網が強まる中では、走者を進めても返し切る火力が不足しがちだった。このように、前提となる中軸の質や厚み、救援の安定度といった戦力の変化になかなかアジャストできず、戦略の有効性が薄まった格好だ。
大瀬良とジョンソンを柱に試合はつくれるが、救援は再編途上で終盤の質が揺れる。攻撃は鈴木という突出した存在に対して周辺の厚みが不足し、得点圏の「あと一本」の欠落が慢性化。守備は菊池を軸に総体として堅実だったが、一撃でひっくり返す力が足りない。緒方の強みである我慢と一貫性は、勝っている時には再現性を生んだが、歯車が狂った局面では判断が半歩遅い温情として作用しやすい。若手登用と主力の保護、規律と尊重のバランスを模索し続けたが、“決断の速さ”と“戦力の再定義”という2つの課題を残した。
広島の3連覇後を見ると、世代交代と戦力刷新の難しさがよくわかる。黄金期を築いた主力選手の高齢化や流出が避けられない中で、新たな軸となる若手をどれだけ育成できるかが問われたが、19年時点ではその答えを見出せなかった。
緒方は退任会見で「1年勝負の決意の中で4連覇、日本一を目標に戦ってきたが、期待に応えることができなかった。監督の責任なので申し訳ない気持ちでいっぱいです」と語り、新体制にチームを託した。