2024年12月、かつて「ヨーロッパ最後の独裁国」と称された東欧ベラルーシで、鉄道撮影をしていた一人の日本人、照井希衣さん(25)が拘束された。ロシアの同盟国であり、ウクライナ侵攻の拠点でもあるこの国で、秘密警察KGBによる尋問、そして拘置所での生活が始まった。アイコン
200日にも及んだ獄中生活。照井さんがそこでとった行動とはーー。軍事ライター・石動竜仁氏による照井さんへのインタビューから、一部を紹介する。
照井さんがベラルーシへ向かった動機は、旧ソ連の鉄道車両への純粋な魅力だった。「日本にはない先鋭的なデザインフォルムとか、他国に対して威厳を見せるデザインとか、そういったものに惹かれた」と語る。しかし、鉄道撮影中に職務質問を受け、事態は一変。スパイ容疑で拘束され、秘密警察KGBの調査対象として拘置所での生活が始まった。
囚人からロシア語を教わる「獄中留学」
意外にも尋問は数えるほどしかなく、大半は時計すらない「めちゃくちゃ暇」な時間だったという。この終わりが見えない時間の中で、照井さんが始めたのが、同房の囚人からロシア語を学ぶ「獄中留学」だった。「誰も英語が通じなくて不便だったのもあるし、なによりやることがないから、言語を学ぶいい機会かなと思いました」。
紙切れに単語を書き留め、語彙を増やしていった結果、解放後には翻訳アプリなしで現地の人と意思疎通できるレベルにまで上達した。食事のパンを水で固めてサイコロを作り、囚人たちとボードゲームに興じることもあった。一方で、自身の日記が捨てられたことに抗議すると、看守から何度も平手打ちを受けるという事態も。「人を守る側の立場の人間が加害する側になり得るんだと衝撃を受けましたね」と、振り返る。
