2024年12月、鉄道撮影に訪れたベラルーシで拘束された照井希衣さん(25)。ソ連邦構成国の中で、ベラルーシは未だに秘密警察KGB(国家保安委員会)の組織を維持しており、照井さんはKGBの調査対象となり拘置所生活を送る。長期に渡る勾留生活の中、照井さんは囚人を教師に獄中留学を始めることに――。

 この3月25日に『ベラルーシ獄中留学記』(小学館)を上梓した照井さんが明かす、勾留中の日々で起きた驚きの出来事とは。(全3回の2回目/3回目に続く)

 照井希衣さん ©佐藤亘/文藝春秋

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拘束から拘置所へ

――拘束された当時の報道では、高架橋を撮影したと報じられていました。車両以外も撮影されたのですか?

照井希衣さん(以下、照井) 鉄道メインで高架橋が写った写真はあったかもしれないですけど、高架橋の下にいただけで、高架橋は撮影していないという認識です。

――著書にある尋問の様子では、車両よりも線路や設備について尋問されていますよね。

照井 そうですね。それもあったから、「高架橋を撮った」と報じられたんだと思います。

――警察に捕まって話聞かれて、KGBにも尋問されていますけども、弁護士の話が出てくるのは、家族と手紙のやり取りができるようになってからと、かなり後の方でしたよね。黙秘権や弁護士を呼ぶ権利の説明は無かったのですか?

照井 一切なかったです。海外の司法をわかってないのもありますし、自分に何かを選択させる時間は一切与えられませんでした。拘束された時は、翌日には解放されるかなと楽観的に見ていました。

 

――実際、警察から国外追放と言われて出国かと思ったら、拘置所に連れて行かれたんですよね。

照井 そうです。夜遅かったから翌日かなと思っていたら、翌日何も起こることもなくて、だんだんいつ帰れるんだろうと。あと数日で仕事が始まるなとか考えていました。