拘置所で囚人からロシア語を教わる「獄中留学」
――拘置所にいる間の尋問は2回しかなかったから、ほとんどの時間が暇だった訳ですよね。だから、その時間はロシア語を勉強する“獄中留学”みたいになったと。
照井 そうですね。誰も英語が通じなくて不便だったのもあるし、なによりやることがないから、せっかく相部屋の囚人がロシア語話せるし、言語を学ぶいい機会かなと思いました。紙切れをもらったり、ペンを借りて、少しずつ単語を書いたり、語彙を増やしていって、軽い意思疎通ができるようにしました。そうしないと、この世界で生きていくには、あちらの言語を覚えないと損もあると思うんで。覚えるしかないなっていう。
――実際、ロシア語力はどのくらい向上しました?
照井 スピーキングとリスニングだけなので、書くとか文法的なことは正直、難しいと思います。ただ、解放後に行った旧ソ連の国では、翻訳アプリ無しで意思疎通はできるようになっていました。
最初はキリル文字についても、アルファベット表みたいなのを書いてもらって、指でさして発音してもらったのをカタカナで書いて、その後はスペルを書いて単語が合っているか確認して覚えていきました。
――普通は外国の、それもベラルーシの囚人と話すって、それだけでもすごい事だと思います。トラブルを起こさないよう必死になると思うんですけど、コミュニケーションを取るハードルはありましたか?
照井 めちゃくちゃ暇なんですよね。いつ出られるかもわからないし、時計もないんですよ。だから「ロシア語を勉強したいです」って言葉をロシア語で伝えて、教えてもらうのが始まりでした。向こうも暇ですしね。でも、質問しすぎてイラつかせるのもダメなので、いい塩梅で質問していました。
書き留めた単語が溜まったら、単語帳のようにそれを隠して答えるとか。第2の受験勉強みたいになっていました。今振り返ったらあれも有意義な時間だったのかなと思いますけど、当時はいつ出られるか分からないので不安でした。

