2024年12月、かつて「ヨーロッパ最後の独裁国」と称された東欧ベラルーシで、一人の日本人が拘束された。このニュースが報じられるやいなや、ネット上では驚きや困惑、批判といった様々な反応が巻き起こった。同年7月にも別の日本人がスパイ容疑で拘束されており、しかも二人とも「鉄道の撮影」が原因だったからである。

 そしてこのたび、拘束された当事者である照井希衣(てるい きい)さん(25)が『ベラルーシ獄中留学記』(小学館)を上梓した。ロシアの同盟国でウクライナ侵略の拠点でもあったベラルーシになぜ撮り鉄は向かったのか。突然の拘束。警察、KGBによる尋問。看守の暴力もあった拘置所生活。一癖も二癖もある同房の囚人たち。終わりの見えない勾留生活の中で、初めて味わう暇の恐ろしさに直面した照井氏は、囚人相手にロシア語を学ぶ「獄中留学」を開始する……。

 前代未聞の獄中留学記を発刊した照井さんに、話を聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)

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 照井希衣さん ©佐藤亘/文藝春秋

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旧ソ連の鉄道車両に魅せられて

――ベラルーシに行った動機は、旧ソ連の鉄道車両に魅せられたからと本に書かれていますね。具体的にどういうところが魅力なのでしょうか?

照井希衣さん(以下、照井) あくまで個人的な話ですが、日本にはない先鋭的なデザインフォルムとか、他国に対して威厳を見せるデザインとか、そういったものに惹かれたのが大きいです。

――ソ連車両に惹かれる前から鉄道好きだったのですか?

照井 もともと、スマホの「駅メモ」という位置情報ゲームがキッカケだったんです。学校帰りに知らない路線に乗って遠回りで帰ったりするのに楽しみを覚えて。最初は良いスコアを取ろうみたいな感覚だったんですけど、そのうち実際に行ってみようとなって、国内でいろいろ行くようになった感じです。それが高校の2年くらいですね。

 

――そこから海外の鉄道に興味を持たれたのは、撮り鉄仲間の佐藤さん(仮名)の影響だと本にありますね。佐藤さんとはどうお知り合いになられたのですか?

照井 これは実際にベラルーシで聞かれた時も説明が難しかったんですけど。自分が北海道の駅で一泊する「駅寝」をしていた翌朝、始発列車で帰ろうとしたら、車で来た撮り鉄の方と仲良くなったんです。その方と後日会った際、連れて来られた方が佐藤さんでした。