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駅ができるまでは何もなかった
長崎屋にしろ、ジャスコにしろ、こうした栄枯盛衰は日本中の地方都市で見られたありふれた歴史のひとつ。勝田は水戸のお隣だから、わざわざ駅前で買い物をしなくても電車に乗って水戸に出かければ良い。
いやむしろ、クルマに乗ってロードサイドの大型店でも便利だろう。そういう事情が栄枯盛衰をもたらし、居酒屋が目立つ駅前風景を作り上げたのだろうか。
ところで、勝田駅が開業したのは1910年のこと。常磐線の駅として開業し、3年後に現在のひたちなか海浜鉄道が開業している。
もともとは水戸藩の農地だったこの一帯、駅ができた頃には特に何かがあるような場所ではなかったという。
ところが、駅の存在が人を引き寄せる。昭和に入ると日立の工場が進出し、あっというまに日立の企業城下町へと変貌していった。
人口も増え、1954年には勝田市に。その後も高度経済成長に乗って工業都市として発展する。そして1994年には、海沿いに広がる那珂湊市と合併し、ひたちなか市となった。
ひたちなか市といえば、茨城県内では大洗と一二を争う観光都市だ。
勝田駅前の昭和通りをずーっとまっすぐ東に行くと、突き当たったところに国営ひたち海浜公園が広がっている。ちょうどいまの季節にはネモフィラが咲き誇る、茨城を代表する観光スポットである。


