――そこで抗がん剤治療を。
もりひ 抗がん剤は、卒業するまで待ってもらったんですよ、「やるなら卒業してからにしてください」と言って。それで卒業した年の3月、4月に初めて抗がん剤を。
「これ、穴があくんちゃうん?」顔がどす黒く変色し、左右に穴が…
――抗がん剤の副作用は。
もりひ 錠剤の抗がん剤を飲んでたんですけど、最初はずっと熱がありましたね。38度ぐらい。脱毛しない抗がん剤やったんですけど、吐き気もありました。痺れに関しては、手足には出なかったですけど、顔面に出て、唇が動かんくなって。
――顔に外傷的な変化が現れ始めたのはいつ頃ですか。
もりひ 抗がん剤を始めてからなので、去年の5月ですね。顔がどす黒くなってきて。「これ、穴があくんちゃうん?」ってなったら、案の定、顔に穴が空いて。
最初は一点集中でどす黒くなってきて、皮膚がどんどん枯れてきて、しぼむような感じになって。で、左右にパチッと穴が空いちゃう。黒くなって穴が空くまで2日とか。一瞬でした。
痛みはなかったですね。穴の周りは痛いんですけど。生きている皮膚が痛いわけです。付近の組織がほとんどなくなるんで。
――感覚としては「気づいたら穴が空いていた」。
もりひ 普通に日中過ごしていたら穴が、みたいな。「あれ? 穴空いたけど」って感じで病院に電話して。病院の先生はそんなに焦らず、「本当ですか。とりあえず次の診察のときで。まあ、今日来てもいいですけど」みたいな感じなんですよ。
「エッ、穴あいてるんですよ。大丈夫なんですか、これ」って。とりあえずばい菌に感染しないように、とは言われましたね。軟膏を塗って。
「これやっても無理やな」いろいろな病院を回ったが、対処できず
――セカンドオピニオンは。
もりひ 行きました、行きました。希少がんの治療で有名やったんで、東京のがん研有明病院に行ったり。阪大でずっと診てくれていた先生のところにも行ったし。でも、結局どこの先生も同じでしたね。「いまどうすることもできひんから」みたいな。
――やはり重粒子線治療の影響が大きかった。
もりひ そうなんですよ。あれがでかいですね。でも、そのときはそれをやらなきゃ死んでましたからね、たぶん。がん細胞が脳に行ってたと思うんで。「命と引き換えに」って考えると、今の僕でもやっていたでしょうね。
――複数の医師から同じ見解を伝えられて、どんな心境でしたか。
もりひ まあ、でも正直、「どこで診てもらっても同じやろな」って自分ではわかっているんですよ。でもSNSやっていると、いろいろな病院へ行ってくださいという応援の声が来るので、まあ、藁にもすがる思いでと言いますか、とりあえず行くかってなって。
行ってみたものの、やっぱり自分が思っている通りになりましたね。十何年も自分の病気と向き合ってたら、ある程度わかるんですよ。「これやっても無理やな」ってのが。だからなんとなく、病院の先生に言われる前に自分で察しは付きますね。
親にも「たぶんこう言われると思うよ。あんま期待せんといて」って先に言っておきますね。セカンドオピニオンを受けるにしても。
母親も昔は結果を聞くたびに失神してたけど、最近は強いですね。
