現在の体重は約200キロ、体脂肪率は50%超。お笑いコンビ「ママタルト」の大鶴肥満(34)は、高校入学時点で体重は100キロほどに達しており、2年時の検診では医師から開口一番「あんた死ぬよ?」と言われた。その1年後に再び検診で来校した医師は、一回り大きくなった彼を目にして「何で死んでないの?」と驚いたという。
なぜ彼はここまで大きく育ったのか。稀代の巨漢芸人に、幼少期からこれまでを振り返ってもらった。インタビューと合わせて、写真による「大鶴肥満ルームツアー」もお楽しみあれ。
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幼稚園で盲腸、小学校で難病にかかり……
――幼少期はどんなお子さんでしたか。
大鶴肥満さん(以下、肥満) かなり病弱で、いろいろな病気にかかってました。生まれてすぐ高熱が出て死にかけたり、幼稚園で盲腸になったり。扁桃腺が弱かったので季節の変わり目ごとに喉も痛めていましたね。さらに小学校高学年くらいのときに「血管性紫斑病(けっかんせいしはんびょう)」という難病になって。脚が内出血を起こし、衝撃を与えるとどんどん出血が広がっていくような病気です。
――喘息の症状もあったとか。
肥満 はい。でも気づいたのは最近です。5~6年前の年末に、横になっても息が苦しい状態が続いて救急車で運ばれたことがあって。そのときに「息を吐いてみて」と言われて、はーっと吐いたら「今みたいに『ヒューっ』て音がする人は、気道が狭くなっている証拠。典型的な喘息の症状ですね」と説明されました。ここで初めて、自分が喘息なんだと知りました。
それまで、自分が特に長時間の運動ができないのは、ずっと「太ってるからだ」と思っていたんです。サッカーとかもそうですし、長時間走る系がずっとしんどかったんですけど、今振り返るとそれは喘息が原因だったんだなと思います。当時は水泳教室にも通っていて、クロールがめちゃくちゃしんどかったですけど、全体的にはそれなりにできていたので、周りも喘息だとは気づかなかったのかな。
よく考えると、小学生のときから走ったりすると「ヒューっ」って鳴ってたんですよ。それなのに薬なしで生活していたと考えると「俺はすごい強い男だな」と思います。常に自分だけ高山病みたいなコンディションで過ごしてたわけですから。喘息に早く気づいてちゃんと治療していたら、もっと運動ができて、今みたいに太ってなかったかもしれないですね。

