――目に異変を感じたのは、いつのことですか。
杉田 入局3~4年目の頃です。眼鏡を新調したのに、1か月ぐらいで文字が見えにくくなりました。なんだかピントが合わない。レンズの度が問題なのかな、視力は測ったのにおかしいなと思って地元の病院へ行ったら、「ちゃんと検査しましょう」と大きな病院に送られ、そこで緑内障だと診断されました。でも、緑内障の怖さがわかっていなかったし、ましてや自分が障害者になると思っていない。
緑内障は、網膜に映った映像を脳に伝えるコードが壊れる病気で、一度発症すると元に戻らないんです。つまり治ることは、ない。今の医学では進行を遅らせることしかできません。だけど、当時の僕にはその深刻さが想像できませんでした。だって、まだその時は「見える」から。片方の目が多少見えなくても、もう片方の目が補っちゃう。
処方された目薬を差すときにうまく目に入れることができず、液が頬をガーっと流れる……といったことはあったんですけど、車の運転もできるし、自分としては問題ない毎日を送っていました。“私は事情がある人です”という認識が全然なかった。
原稿を写すプロンプターから文字が“消え”た
――いよいよ「これはヤバいのでは」と思ったきっかけは、何かあるのでしょうか。
杉田 “きっかけ”をピンポイントで言うのは難しく、砂時計から砂が落ちていくような感覚なんです。突然見えなくなるわけではない。ただ、いちばん顕著だった事件は2006年、(宇都宮放送局から)98年に報道局政治部に異動して9年目の時のことです。
国会の記者会館から、私が生中継で国会の与野党攻防について報告をしている真っ最中、原稿を写すプロンプターから文字が“消え”ました。慌てて手元の原稿に目を落としてその場はやり過ごしたんですけれども、これは明らかな“異変”でした。
(※プロンプター:原稿をモニターに写す装置のこと。放送や舞台上で、出演者の喋りを補助する目的がある)
目薬が入らないぐらいだったら、やり直せばいい。でも一発勝負の生放送中に起こったことに、「もう、ごまかしがきかない」と。ついに対処不能な出来事が起きてしまったことに、相当ショックでした。
