森下ー増田の異様すぎる師弟関係

北野 『師弟 棋士の見る夢』を読ませていただいて「森下卓九段-増田康宏八段」師弟の章が特に印象に残りました。私の本は、順位戦を舞台に棋士の群像を“横軸”に広げていくもので、これまでの「師弟」シリーズも“横軸”を中心にした構成でしたが、今回の「森下九段-増田八段」は前作という過去と現在の関係を対比させる“縦軸”の視点になっていますよね。増田さんと森下さんの関係も変化していて、縦にいけば師弟関係もこのような面白みが出るんだなあ、と感じました。棋士はプレイヤーとしての期間が長いので、縦軸横軸の妙は常に興味深いです。

野澤亘伸氏『師弟 棋士の見る夢』(光文社)

野澤 これまで19組の師弟を取材してきたのですが、8年前に最初に取材した「森下-増田」の章だけ異色作と言われていました。師匠にあからさまな反発を見せた弟子は、他にいなかったですから。森下九段の弟弟子である深浦康市九段にも「増田君のところだけ、他と違う(笑)」と言われたことがあります。シリーズで同じ師弟を取り上げたのは初めてで、やはり時間の経過がもたらした二人の関係性は感慨深かったです。

 増田八段は素直な気持ちを言葉にしますが、同時にメディアや将棋ファンにそれが刺さることも、反動があることもわかっている。あまり態度には表しませんが、サービス精神がありますよね。将棋の才能という部分においても、藤井聡太六冠に劣らないものを持っていると思うんです。

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北野 増田さんの面白さは、棋士らしい合理性を持ちながら、実のところ昭和的なヒューマニティーを持っているところだと思います。それが共存している人はそんなにいないと思うんですね。私は以前、彼の出身道場である「八王子将棋クラブ」の連載を『将棋世界』で行ったことがあって、増田さんのお母様にも話を伺いました。お母様の人柄に触れたことで、増田さんの素顔が少しずつ見えてきたような感覚がありました。

野澤 それは同感です。私も最初の取材の時に実家に伺わせてもらって、増田八段が殺風景な自分の部屋で、立ったままパソコンと向き合う姿を撮らせてもらいました。その時にお母様ともお話をさせてもらい、彼が家庭の暖かさ、愛情に包まれて育ったことを感じました。それが根本的な人間性を作っているから、明晰な頭脳でクールに見えても、根っこは人懐こいんだと思います。

自宅の部屋で立ったまま研究をする増田康宏四段(当時) ©︎野澤亘伸

 その分、割り切りはあまり上手くないかもしれない。師匠の森下卓九段が「感情がなければ、最強の棋士になれる」というように、人間臭さは魅力であると同時に勝負においては弱点にもなりますからね。

 私は年間40勝以上を達成した棋士は爆発力があるタイプと見ているんですけど、増田八段はまだその経験がない。才能への評価は高いけれど勢いで勝ちまくる印象がないのは、感情のコントロールにまだ課題を残しているからかもしれない。