最初の殺人
出所後、室内装飾品の販売を始めたいからと両親からお金を出してもらい、新車の「マツダ・ファミリアロータリークーペ」を購入。
画家や高校の教師を装うための小道具として、助手席に作家・埴谷雄高の著書『死霊』、横文字が目立つ電気工学関係の専門書、絵筆などを置き“狩り”に出る。
大久保は1日平均170キロメートルもの距離を車で走り、若い女性に片っ端から「乗せてやる」「送ってやる」と声をかけた。逮捕されるまでの1ヶ月半でナンパしたのは約150人(確認できているのは127人)、車に乗った女性約30人のうち10数人と肉体関係を持ったが、この中の8人が無惨に殺される。
最初に犠牲となったのは群馬県多野郡在住の高校3年生、津田美也子さん(同17歳)だ。大久保は1971年3月25日に高崎駅の待合室で彼女に「画家ですが、絵のモデルになってくれませんか」と声をかけドライブに誘っており、その6日後の31日18時40分ごろ、高崎線の新町駅前のバス停で偶然、彼女を見かけたため再びドライブに誘った。
あっさり応じ助手席に乗った彼女と前橋市内の名曲喫茶「田園」へ行った後、自分のアトリエを見せると榛名山へ。林道のゴミ捨て場に車を停め、21時半ごろ車内で関係を持った。
その後、大久保の運転免許証から名前や年齢が嘘で、アトリエのことも嘘だとわかると、津田さんは「あんたはひどい人だ。私の兄は検察官をやっている、一緒に警察へ行ってくれ」と激怒。検事ではなく検察官という言葉に信憑性を感じた大久保は、その場で彼女の首を絞めて殺害し、自身で掘った60センチの穴に遺体を埋め、現場から逃走する。