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その後も捜査は継続され、公訴時効成立3ヶ月前の1961年1月31日から2月1日には、県警本部の幹部らが事件の総合的な再検討を行った。
事件当時より進歩した科学捜査の技術によって物証を再検討することで犯人への手がかりが浮上することに期待をかけた最後の捜査だったが、結果は米俵に付着していた血痕が人間の血液と断定できただけで、それが被害者のものか否かまで判別することはできなかった。
事件はその後⋯
事件は解決の糸口さえ掴めぬまま1961年5月10日に公訴時効成立。真相は永遠に闇に葬られた。