「筆が遅い」と言われることもあるが……

 森川さんは、いまも「ぜんぜん理想の自分になれていません」と語る。「ネット上では、筆が遅いと指摘されることもありますね」という僕の失礼な質問に対して、森川さんが明かしてくれた仕事ぶりに鳥肌が立った。

『はじめの一歩』で描かれる無数の線も、観客の「アアアッ」という歓声やパンチが当たる瞬間の「ドゴンッ」という文字も、すべて森川さんがフリーハンドで描いているのだ。ほかのマンガ家であればアシスタントが担当するような仕事も、すべて自分で担っている。なぜスタッフに任せないのか?

線や効果音など、細かいところも自ら手を入れているという ©石川啓次/文藝春秋

「うちのスタッフは絵も上手いし、仕事も早いですよ。だけど、僕と違う特性を持つ人たちなんで。スタッフは無理やり僕に合わせなきゃいけないんで、大変なんですよ」

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 だから、と続けた。

「僕は筆が早いほうだと思います。でも、僕が手を入れなきゃいけないところが多いんですよ。遅いんじゃなくて、時間が足りない。普段、こういうことは言わないんですけどね。泣き言になっちゃうんで」

『はじめの一歩』のファンも未読の方も、ぜひページを開いてみてほしい。気が遠くなるような量の「線」に気づくだろう。高校時代から「生きた線」にこだわってきた男は、今も1本、1本、自分の手で線を引いているのだ。

 一時期、休載が続いたのは、体調を崩していたから。入院と手術はその治療のためだ。ちばてつや作品を読み込みながら考え続けた「マンガがうまいってどういうことだろう」。その答えを求める探求心は、いまも尽きていない。

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