35年以上にわたってボクシングマンガ『はじめの一歩』を描き続けている森川ジョージさん(60)。もともとボクシングマンガは描きたくなかったというが、それ以前に3作連続で打ち切りの憂き目にあっており、編集部からの依頼もあってテーマとして選ぶことに。長いブラッシュアップを経て、1989年に連載を開始した。
『はじめの一歩』以前は、おにぎり1個を3つに分けて朝昼晩に食べる生活を送っていたという森川さんだが、作品のヒットによって生活も変化した。連載が決定した日の記憶や、巨額の印税を手にしたあとの生活事情などを聞いた(インタビューは1月に実施)。
『はじめの一歩』連載決定時も「また打ち切りかな」と冷静だった
プロボクシングをテーマにすると決めて、森川さんは吹っ切れた……という展開にはならない。なんと、この後さらに10カ月、ネームの1000本ノックが続くのだ。
1年半が経ち、ネームだけで「1000ページぐらい書いた」頃、もう何度目かわからない連載決定会議を迎えた。その日は、会議室から離れた場所で結果を待っていた。
しばらくして、会議が終わったのがわかった。会議室から出てきた担当編集者は、離れたところから「ジョージ!」と呼び掛けてきた。そして、両手で大きな丸を作って笑顔を見せると、「もう時間がないから、行くね!」と急ぎ足で去っていった。担当編集者はその日、海外旅行に行く予定を入れていたのだ。
いつ終わるとも知れないネーム出しの日々が、あっさりと幕を閉じた。編集部にひとり残された森川さんは、少し拍子抜けしたような気持ちで、「良かった……」と安堵した。
しかし、解放感に浸ったり、喜びに打ち震えるような感覚はなかった。
「連載が始まったら、いつか終わるわけです。ネームを出し始めてから1年半経ってましたけど、1年半で変われるやつなんて、滅多にいないですから。自分が変わる側の人間だとも思っていないんでね。そんなに甘い世界じゃないんですよ。だから、また打ち切りかなって思ってました」
この日、のちに累計発行部数1億部を超える『はじめの一歩』が誕生した。森川さんは23歳になっていた。
借金をしてアシスタントを雇った
『はじめの一歩』の連載開始にあたり、森川さんは担当編集者を通じて3人のアシスタントを集めてもらった。その人たちの給料を支払う蓄えもなかったので、講談社に80万円借金した。なぜ80万円かといえば、単行本が1巻出ると、それぐらいの印税が支払われるから。言ってみれば、印税の前借りである。
しかし、5話で終了した『インサイド・グラフィティー』は単行本化されなかった。同じ運命をたどれば、借金だけが残る。連載開始といえども、前途洋々の船出ではなかった。それは、次の言葉からもうかがえる。始動する日、3人を前にして森川さんはこう伝えた。
「10週、お願いします」
いつまで続くか分からないけれど、とりあえず10週分のスケジュールは確保してほしいというお願いだった。自虐的に悲観していたわけではない。これまでの自分の実績を考えれば、また打ち切りになる可能性もあるだろうという実直な判断だった。
